前回は、「叱らなくても宿題が出せる環境とシステム」を工夫することで朝から叱らなくても済むようになった話を書きました。
今回は整理・整頓について書きます。

子どもの整理・整頓のことで悩んでいる先生は多いと思います。
そして、先生だけでなく、同じことで悩んでいる親がたくさんいます。

整理・整頓の指導について考えるとき、私はある年配の女の先生のことを思い出します。
仮にA先生とします。
A先生は私の先輩でした。

ある年の4月、A先生は新しく受け持ったクラスのB君が整理・整頓が非常に苦手だということを知りました。
B君の机の中は常にぐちゃぐちゃです。
机の下には物がたくさん落ちています。
そして、教室のあちらこちらにB君の物が落ちています。

それで、A先生は決意しました。
こんなにだらしがないことでは困る。このまま大人になったらとんでもないことになる。
今のうちに直さないと。
よし、私が直してやろう。

A先生は使命感に燃えました。
そして、熱心に指導を始めました。
どうしたかというと、B君の顔を見る度に整理・整頓について叱ったのです。

「ほら、机の上が散らかってるでしょ。片づけなきゃダメでしょ」「あなたの机の下を見てごらん、ほら、ばばらばら落ちてるでしょ。ちゃんと拾って机の中に入れなきゃダメでしょ」「机の中の物を全部出してごらん。うわ、何これ!要らない物は家に持って帰らなきゃダメでしょ」

B君が昼休みの後で、「先生、サッカーでぼく1点入れた」とうれしそうに報告しても、「あ、そう、それはいいけど、ほらほら、自分の持ち物ちゃんと片づけなさい」と返しました。

B君はとても感性が豊かな子で、四季折々の植物にも敏感でした。
ある日、「先生、キンモクセイがいい匂いだよ」と話しかけましたが、先生から返ってきた言葉は「わかった、わかった、それもいいけど、自分のロッカーからバッグが落ちそうだよ。ちゃんと入れておかなきゃダメでしょ」でした。

A先生は常にこんな感じで叱っていました。
B君の顔を見るとすぐにその小言です。
A先生の中で、B君についての注目ポイントは、ただ一つ、整理・整頓だけになってしまっていたのです。

それで、さすがのB君もだんだん気をつけるようになりました。
それを見て、A先生は「私とうとうB君のだらしのないのを直したよ」と言いました。

A先生は、B君が以前より口数が少なくなり笑顔も見られなくなってきたことには気づきませんでした。

そして、1年が終わり、A先生は人事異動で他の学校に移りました。
それで、次の学年には別の先生がB君を受け持ちました。

すると、B君はあっけなく元に戻ってしまいました。
それどころか、倍返しで前よりひどくなってしまいました。

これを「直った」と言えるでしょうか?間違いなく言えません。
彼はただ叱られるから気をつけていただけのことであり、叱る人がいなくなれば元の木阿弥だったのです。

A先生の1年間の“努力”は一体何だったのでしょうか?そして、B君の1年間は何だったのでしょうか?

成長期の1年は、子どもたちにとっても非常に貴重な日々です。
それは大人の1年とは重みが違います。
1年1年がその子の人間形成に大きな影響を及ぼすほどのものです。

B君は感性が豊かで、とても色彩豊かな絵を描く子でしたが、そのことでA先生にほめられることはついぞありませんでした。
思いやりがあって友達にも優しい子でしたが、それでほめられることもありませんでした。

常に整理・整頓のことで叱られ続けた1年間でした。
そのストレスはかなり大きかったことでしょう。
もし、これが2年3年続いていたらと考えると、本当にこわいことだと思います。

その1年間で、B君のよいところをほめて伸ばすこともできたはずです。
感性が豊かで絵の上手なことや友達に優しいことなどが注目ポイントになっていれば、そうなったはずです。

さて、A先生の話を書きましたが、実は私自身も以前は似たようなことをやっていました。
ですから、偉そうなことは言えません。

その揚げ句に子どもたちとの人間関係がめちゃくちゃになり、猛反省してから私はそのやり方を変えました。

「叱らなくても宿題が出せる環境とシステム」と同じ発想で、「叱らなくても整理・整頓ができる環境とシステム」を作ることにしたのです。

そのためにいろいろ考えて実行しましたが、一番効果があったのは「1日1分お片づけタイム」です。
つまり、毎日の帰りの会のときに、必ず1分間お片づけタイムを取ることにしたのです。

帰りの会のメニューに入れておき、司会者が「お片づけタイム、机の中の物を全部出してください。用意、始め」と言ってタイマーのスイッチを入れます。

すると、子どもたちはみんな机の中の物を全部出して片づけを始めます。
要らない物をゴミ箱に捨て、持ち帰る物はカバンに入れ、残った物は整頓して机の中にしまいます。

整理・整頓が苦手な子は、隣の子や同じ班の子に手伝ってもらっていいことにしました。
以前の私だったら、「人に手伝ってもらってはいけません。全部自分でやりなさい」と言っていたはずですが、もうそういうことには拘らないようにしました。

そういうことに拘っていると、整理・整頓が苦手な子はものすごく時間がかかってしまいます。
それでもうまくいかないので、結局こちらがイライラして「何やってるの?どんどんやらなきゃダメでしょ」などと叱りたくなってしまいます。

つまり、叱ってしまう流れになるのです。
それだと、叱らない環境とシステムの意味がありません。

手伝ってもらってもオーケーということにすると、いいことがいくつかあります。
まず片づけがてきぱき進むので、こちらがイライラして叱ることがなくなります。
子どもも叱られなくて済みます。

そして、手伝ってくれる子をほめることができます。
「協力のいい班だね」と班をほめることもできます。

また、上手な子に手伝ってもらっているうちに、苦手な子もそのやり方を学ぶことができます。
よく使う物は手前に置くとか、細かい物は小さな箱に入れるとか、下から大きい順に入れると上の空間が空くなど、片づけのノウハウやコツが子ども同士で伝授されていきます。

ところで、「1日1分お片づけタイム」と書きましたが、学年の途中から実行する場合、一番はじめの日は1分では足りないと思います。
すでに机の中がすごい状態になっている子も多いからです。

ですから、最初の日は10分くらいかけた方がいいかも知れません。
そして、次の日から1分ということにします。

また、机の中以外にロッカーなど他にも整理・整頓するべきところがある場合は、一日交替で行います。
例えば、1班から4班が机の中を片づけ、5班から8班はロッカーの中を片づけます。
そして、次の日は反対にします。

さて、この「1日1分お片づけタイム」を必ず取るようにしてから、整理・整頓のことで叱ることはなくなりました。
たった1分取ることで叱らなくて済むのです。

それどころか、今まで叱られていた子を「○○君、片づけが上手だね」とほめて、自信をつけてあげることもできるのです。

実際にお片づけタイムをやってみて、それまで整理・整頓のことで子どもたちを叱っていたのが、いかに馬鹿らしいことだったかと気づきました。

何事もそうですが、できるように工夫してあげて、そしてほめること、これが大切なのです。
それをしないでいて、できないからといってただ叱るだけでは子どもがかわいそうです。
それは教師によるいじめ以外の何ものでもありません。

初出『教職課程』(協同出版)2013年2月号

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