Twitter

手段がいつの間にか自己目的化してしまうことがよくある。
習い事も受験も子どもを幸せにするための手段だったのだが、目的になってしまっていることが多い。そして、合格のために子どもに無理を強いて苦しませている。

子どもはちっとも幸せじゃない。
そもそも何のために始めたのか、考え直す必要がある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Twitter

先生にも個性がある。
算数が得意、体育が得意、など。
その個性が十分発揮されてこそ、生き生きした教育が可能になる。

もちろん最低限の質は確保する必要があるが、何でもかんでも学年で揃えて横並びになるのは教育活動のダイナミズムを奪うだけだ。
色々な先生から色々なことを吸収して子どもは成長する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Twitter

子育てや教育において、親は自分にできることはやり、結果については達観したほうがいい。
なぜなら、結果を出すのは親ではなく子どもだからだ。
結果を求めると親子共々苦しくなる。

親は自分にできることをエンジョイしながらやることだ。
その過程が人生そのものだ。