静岡県の田舎の兼業農家で生まれ育ちました。
貧しくて、小学校から帰ってもおやつがないのは当たり前。


そんな中でも、母は本をよく買ってくれました。
子ども文学全集とか、真新しい本がうれしくて。
新刊の表紙にかかっていた薄いカバーを外し、わくわくしながら読みました。


本を読むと、言葉や知識、考え方が身に付きます。
勉強は苦手でしたが、ものごとを自分で考えるようになり、大学は哲学科へ。
一日一冊と決めて、小説や詩、哲学書などを手当たり次第に読みまくりました。


大学を出て小学校の教員になったばかりのころは、若くて理想ばかりが高かった。
「こうしないとだめ」と子どもたちを叱ってばかり。


でも、三十五歳くらいのころ、空回りしていると気付きました。
愛情のつもりでしたが、子どもたちは自分を否定されて萎縮していました。


そんなとき、自分の幼少期を思い出しました。
私は三歳下の弟とは違い、よく泣いて手のかかる子どもでした。


それでも母に感情的に叱られたことは一度もありません。
でも、やってはいけないことをしたときは、なぜだめなのかをしっかりと言い聞かせてくれました。


子どもも一人の人間。
母のように、叱らずに、いけない理由を伝え、できた行動をほめて気持ちに共感するように変えたら、こちらの思いが伝わるようになりました。


例えば、病院の廊下を走り回っている子どもに「だめ!」と叱るだけでは子どもは素直に聞きません。


しゃがんで子どもの目線に合わせ「おじいちゃん、おばあちゃんは骨がもろくて、転ぶと骨折してしまう人もいるよ」「ぶつかると危ないからやめようね」と語りかける。
こう諭すと、子どもは納得してくれます。


母の愛情はいつも感じていました。

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東京新聞・中日新聞

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