●ことわざを子育てに生かす意識を
 

ことわざは先人の生きる知恵の結晶だ。
私はことわざが好きで、教師時代、子どもたちとの接し方や仕事に向かう姿勢を考える上で参考にしてきた。

 
よく目にするありふれたことわざは、読み飛ばしてしまえばそれまでだ。
だが、仕事や子育てに活かそうという気持ちを持っていれば、そこに深い真理が潜んでいることに気付かされる。

 
というのも、ことわざには、過去の多くの人たちが身を以て学んできた普遍的な真実が含まれているからだ。
それが、自分の行動や心の動きを振り返るよすがになる。

 
これまでうすうす感じていたものが、見事に言葉として表現されていることに驚くこともしばしばだ。また、以前はピンと来なかった言葉が、年を経て何かの機会に改めて腑に落ちることもよくある。
同じことわざでも、年齢や経験とともに受け取り方が変わってくるのだ。

 
このコラムでも第38回「親子の会話でことわざを使おう」で、ことわざに触れた。
それは、子どもが生活の中でことわざを活かせるようにするというテーマだった。

 
今回は、親自身の生活や子育てにことわざを活かすというテーマである。




●子どもから謙虚に学ぶ大人ほど賢い


「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」


先行者、賢い者、教え導く立場の者が、ときには未熟な者や若者から教えられることもあるという意味。
私が教師をやっていたときに思ったが、子どもたちが教えてくれることは、実に多い。


「こちらのほうが上」という意識があると、年下の者から謙虚に学ぶことができない。
子どもの中には本当に純粋な子がいる。
彼らから謙虚に学ぶ大人ほど賢いのだ。

 
親も我が子を下と見ず、学ぶ姿勢を持って日々接してほしい。
そうした意識を持っている親といない親とでは大きく違ってくる。

 
このことは上司と部下の関係でも同じだろう。


「情けは人のためならず」

 
人に情けをかけておけば、それがめぐりめぐって自分によい報いが来るということ。

 
これは親子関係も全く同じで、子どもに優しく、親切にすれば、子どもも将来、報いてくれる。
逆に親の都合や感情で叱りつけていると、同じような扱いを受ける。

 
もちろん、子どもが人を傷つけたりするなどの行為があれば、真剣に叱る必要がある。
しかし日常的に子どもを叱る親は、そのときの気分で叱ったり、あるいは叱ることが習慣になってしまっているだけで、本当の躾ではない。

 
日頃から親が子どもを思いやって、優しく接すれば、子どもも優しく行いの立派な大人になり、親も老後の心配はない。


●親が笑えば、子も笑う


「鏡は先に笑わない」


鏡の中の自分を笑わせるためには、まず自分が笑う必要がある。
当然のことだが、自分が笑えば、鏡の中の自分も笑い、自分が怒れば、鏡の中も自分も怒る。

 
子どもは、まさに親の鏡である。
親が笑えば子どもも笑う。
親が子どもを尊重すれば、子どもも親を尊重する。

 
子どもに温かい言葉を掛けていれば、子どもから温かい言葉が返ってくるようになる。


「父母の恩は山よりも高く海よりも深し」
「子を持って知る親の恩」


親から受けた恩は何物にも比べることができないほど大きいが、子ども時代には、そのことがわからない。
自分が親になったときに初めてわかる。

 
自分も「子育てをして初めてわかった」という読者も、多いのではないか。

 
だから、我が子にも親の恩をわからせようと思っても、無理なことだ。
それよりも、まず自分の年老いた親に孝行することが先決である。
親の恩は順送りになっているのだ。



●子どもそれぞれのオリジナルペースを大切に



「親はなくとも子は育つ」



親の恩はかけがえなく、子どもの成長に親は不可欠だが、親がいなくても立派に成長する子もいる。

 
世間には逆に、こんな親なら「いないほうがかえっていい」という場合もある。
どんな事情があれ、親には子どもをしっかり育てる義務がある。

 
今後、「親があっても子は育つ」などということわざが生まれないように、親には自覚を持ってもらいたい。



「隣の芝生は青い」
「隣の子どもは賢い」



全く同じ芝生なのに、どうしても隣の芝生の方が我が家よりも良く見える。
隣の子どもも同じように、我が子より賢く見える。

 
人間は何でも他人のものは良く見え、うらやましく思うものだ。
しかし、実は他人もあなたの家庭を見て、同じように感じているのだ。

 
自分に関することは欠点やマイナスほど気になるのが人間の本能である。
特にマイナス思考の強い人は、割り引いて考える必要がある。
親のマイナス思考の見方をまともに受ける子どもこそいい迷惑だ。




●ことわざを見て、我が子を客観的に見られるようになろう



「這えば立て、立てば歩めの親心」



子どもが何かできるようになると、すぐその次を願ってしまうのが親の気持ち、つまり親心というものだ。
これは大切な気持ちでもあるが、気を付けるべき点もある。
というのも、これが行き過ぎると子どもに大迷惑を掛けてしまうからだ。

 
特に他の子と比べたり、本やマニュアルを頼り過ぎるのは良くない。
本には「○歳までには~を」と書いてあるが、子どもの発達は百人百様。

 
杓子定規に我が子に当てはめると、発達課題を十分にこなせずに先へ進んでしまい、後で弊害が生じたり、自信を失ったり、叱られて親への不信感を抱くこともある。

 
おっぱいを吸いたがる子を無理やり乳離れさせたり、トイレトレーニングがうまくいかず叱りつけたり。
親の願いといえば聞こえはいいが、言い換えれば親の勝手、親の都合だ。

 
子どもそれぞれのオリジナルペースを尊重し、ありのままを受け入れて許すことが大事だ。
そういう親なら子どもは安らかな気持ちになって、自己肯定感を持つことができる。

 
自己肯定感を持てた子だけが、自分で前に進めるようになるのだ。
親に叱られることが多くて、「自分はダメだ」「自分にはできない」という自己否定感を持ってしまった子は、自分で前に進む勇気とエネルギーが持てなくなる。

 
子育て真っ最中だと、このあたりの逆説がなかなかわからないと思う。