このごろ、お母さん向けの雑誌で「天才キッズ」に関する取材を受けることが多い。
ゴルファー、野球や卓球の選手、シンガーソングライター、ピアニスト、マジシャンなど、どうしたら天才キッズを育てることができるか、というわけだ。
天才キッズには2種類ある。
一つは、ゴルフでも野球でも、子ども自身が大好きで、自ら練習に取り組み、それを親がうまく最大限手助けして、能力を伸ばす天才キッズ。
もう一つの天才キッズは子どもよりも親が熱心で、親の敷いたレールの上に子どもを乗せて教育するケースだ。
わたしは前者には大賛成だが、後者には批判的である。
というのも、前者にはリスクがない。
自分から言い出して、自分で望んで取り組むのだから、仮に挫折したり、飽きても何の問題もない。
むしろ、身体も心も強くなれるだろう。
ところが、後者はうまくいくこともあるかもしれないが、リスクもある。
よくあるのは、親がかつて熱中したスポーツや楽器などで一流になる夢を子どもに託す場合だ。
親が指導法を知っているし、環境にも遺伝的にも恵まれているかもしれない。
親の期待に子どもが応えられる能力と気持ちがそろっていたら、うまくいくこともあるだろう。
しかし半面、子どもに意欲も才能もないのに強引に教え込もうとすると、かなりの確率で親子関係が崩壊する。
●子育てを勘違いする父親たち
テレビや雑誌などマスメディアには当然ながらうまくいった例だけが紹介される。
その裏側でうまくいかなかった例がその何倍もある。
子どもがやる気を示さないと、親は腹が立ち、「何でやらないんだ!!」としかりつけてしまう。
一方、子どもは「何でやる必要があるんだ」と考え、次第に反発が生まれてくる。
しまいには親子関係が壊れてしまう。
先日、テレビで子どもゴルフ大会を放映していたが、まさに親が子どもに押しつけている典型的な親子がいた。
父親がインタビューを受けて、「プロゴルファーになることを期待して、いつも週末の練習に付き合っています」と答えた。
インタビュアーが隣にいた子どもに「将来、どんなゴルフ選手になりたいの」と聞くと、子どもが「嫌だ~っ!」と言い放ったのだ。
このお父さんは苦笑いしていたが、大きな勘違いをしているのではないかと心配になった。
最近、「巨人の星」の星一徹に似た父親が増えているような気がする。
子育てに父親がかかわるのはいいが、かかわることが「レールを敷くこと」と勘違いしている父親がいるのは困ったことだ。
●野球を選んだのは父ではなく本人
よく、野球選手のイチローのお父さんの例が出されるが、イチローのお父さんはインタビューではっきりとこう答えていた。
「もし、イチローがサッカーをやりたいと言っていたら、わたしもボールを蹴っていたでしょう」
野球を選んだのはイチロー自身なのだ。
ところが、メディアではイチローが野球をやりたいと自分で言ったという話があまり出てこずに、父親がバッティングセンターでバッティングに付き合ったなどという話ばかりが強調される。
イチローは既に3歳のときから、バットとボールをおもちゃに、寝るときも手放さなかったそうだ。
野球がしたくて、したくて、お父さんを引きずり込んだのだ。
お父さんがイチローを野球選手にしようとしたと思っている人が多いだろうが、実際はそうではない。
魚が大好きで魚に関するいろいろな仕事をして、東京海洋大学客員准教授も務めている「さかなクン」も自分から望んで魚博士になった天才キッズだ。
さかなクンは小学2年のときに友だちが自由帳に描いたタコの落書きに「本当にこんなかわいい生き物がいるんだ!」と感動し、それからタコの図鑑を読んだり、魚屋に行ってタコを眺めたり、お母さんに頼んで1カ月間、ずっとタコ料理を作ってもらったりした。
タコ好きから次第に魚のかわいさに引かれて、魚全般に興味がわいた。
お母さんはそんなさかなクンを海や湖、水族館、水槽のある魚屋など、ありとあらゆる魚関連の場所に連れて行ったという。
普通なら、「魚なんかにかまっているより、勉強しなさい」としかるのだろうが、さかなクンのお母さんは偉かった。
そのおかげで、彼は趣味が仕事になって大活躍している。
こういう天才キッズ教育ならどんどんやってもらいたい。
もし、飽きたら別のことをすればいいのだから、手助けしてくれた親を恨むわけがない。
仮に別のことをやり始めても熱中体験は必ず将来、生きる。
実はさかなクンも以前はゴミ収集車に熱中していたため、お母さんがさかなクンを車に乗せてパッカー車をずっと追いかけたことがあるという。
お母さんはさかなクンが熱中することを止めたりせず、いつも手助けしていたのだ。
自発的な熱中体験は、それに飽きてしまっても親がいらつくこともなく、子どもの生きる意欲や力を育むが、親が無理強いすると子どもが意欲を失ったり、約束を破ったときに親は許せなくなる。
親はそれまで子どもにつぎ込んだ労力やおカネを取り返したいと思うので、いくら子どもがやる気がなくても潔く撤退できないのだ。
そのまま、子どもをしかりつけながらズルズルと続けると、大切な関係が傷つく。
無理な天才キッズ教育はリスクがあることを知ってもらいたい。
そして、これは、スポーツや習い事のことだけではない。
医者にしたい、弁護士にしたい、いい大学に行かせたい、いい中学に行かせたい、などということで親がレールを敷くときにも、同じリスクがあるのだ。
初出「親力養成講座」日経BP 2008年10月3日
初出「親力養成講座」日経BP 2008年10月3日