小中学校では今、子どもの運動の二極化が進んでいる。

 
昔のように、野山を駆け巡ったり鬼ごっこをしたりといった身体を動かす機会がめっきりと減り、代わりに電子ゲームで遊び続ける時代になって、全体的には運動機能が低下している。


学校の体育の時間といっても週に2、3時間程度。
これではあまりに少なすぎて、多くの子どもが運動不足に陥っている。


その一方で、スポーツ少年団や民間スポーツクラブに入り、日常的にスポーツを行う、身体機能の高い子どもがいる。
運動不足の子どもとこうした子どものギャップは大きい。

 
とはいえ、スポーツに熱心な子にも別の問題がある。
サッカーや野球、水泳など同じスポーツばかりに偏っているのだ。

 
例えば、野球で右投げ、左打ちが有利だからといって、小さいころからずっと同じやり方ばかりを続けると、同じ筋肉や関節に負担がかかり、ひじを痛めたりする。
サッカーでも足を痛める子は多い。
そのために、体育の授業を休む子もいる。これは本末転倒だろう。

 
一部のスポーツ少年団などでは“勝利至上主義”にとらわれて、勝つために猛練習を行うケースもある。
土曜日に練習を行い、日曜日に試合がある時など、月曜日の子どもたちはぐったりと疲れ切っている。これでは学習にも支障が出る。

 
勝つために、本来、投げさせてはいけないひじを痛めた子どもに、無理に投げさせて、悪化させる監督、コーチ、親もいる。
これは子どものためのスポーツではなく、大人たちの自己実現のための“代理戦争”だ。




●子ども時代は「複数のスポーツ」が基本
 

本来、子供たちのスポーツや運動は健全な心身発達のためにある。
そのためにはいろいろなスポーツや運動を行う方がいいことはスポーツ医学の常識だ。

 
運動は筋肉、身体の柔軟性、基本的な運動感覚の発達に役立つ。
したがって、全身の筋肉や関節をまんべんなく鍛えることが必要である。


基本的な運動感覚とは、逆さ感覚、回転感覚、腕支持感覚、引きつけ感覚、高さ感覚、着地感覚、リズム感覚などを指し、マット運動、跳び箱、鉄棒などさまざまな運動を通して子ども時代に養っておくことが重要だ。

 
それが特定のスポーツばかりに熱中してはこれらの感覚を養う機会を失う。

 
例えば、3年生で野球をやったら、4年ではサッカー、5年ではバスケットボールとか、あるいは水曜日はサッカーなら土曜日は水泳など、いろいろと組み合わせるとよい。
スポーツクラブに入れるとしても、最低三つぐらい組み合わせる総合スポーツクラブがいいだろう。

 
神戸大学 発達科学部の平川和文教授は「運動の適時性」の重要性をこう述べている。

 
「小学校時代は神経系が著しく発達しますので、いろいろな運動をさせ、基本的な動きを習得することが大切です。

そして中学校では身長の増加に見られるように身体の発育が著しい時ですので、持久的運動を負荷する必要があります。

高校になりますと、身体の成長も完成に近づき筋系も発達してきますので、筋力増強等の無酸素運動も導入します。

そして大学生になりますと身体も完成しますので、運動の質量とも高いスポーツ活動を楽しむことができます。
このように成長過程に応じた運動刺激を与えることが適時性です」

 
また、複数のスポーツを経験することは自分の適性を知ることにつながる。
例えば、集団競技がいいのか、個人競技が向いているのか――。
親は、生涯スポーツの観点から、大人になってもスポーツを楽しめるように指導するべきだろう。




●プロを目指して親子関係が崩壊
 

今の子どものスポーツブームを見ると、プロへの道を意識しすぎているように思える。

 
野球のイチロー選手を筆頭に、ゴルフやサッカーなどでも「父親が育てた天才○○少年・少女」とマスコミで騒がれるが、本当にプロになり活躍できるのはホンの一握りだ。
その成功の裏に隠れた失敗例は何万倍もあり、勘違いしている父親が多い。

 
もちろん、才能を見出して育て上げ、プロとして花を開かせた父親たちは賞賛したい。
だが、結果的にプロになれず、親子関係が崩壊してしまった例もわたしは知っている。

 
ある少年の父親はプロ入りまで考えたほどの野球選手で、我が子にも同じ野球選手の道を歩ませようとした。
ところが、子どもはその気が全くない。
その子はスポーツよりも絵を描く方が好きだったのだ。

 
だが、父親は子どもを認めず、「巨人の星」の父親のようにいつも怒鳴りつけていた。

 
ある時、その子の描いた絵がなんと文部大臣賞を受賞した。
普通の親なら大喜びするところを、父親は怒って賞状をビリビリと破いてしまった。

 
結果的に、その子は野球選手にはならず、大人になった今では家にも寄りつかなくなった。
父親の顔も見たくないという。
その父親は今ごろになって反省しているが遅すぎる。




●スポーツは楽しんでやることが大切
 

先日も教え子の一人が柔道をやっているので、柔道の試合を見に行った。
その会場で、ある子が決勝まで勝ち進んだのだが、そこで負けて、父親と母親に罵声(ばせい)を浴びせかけられている光景を見た。

 
なぜ、がんばって決勝まで進んだことを褒めてあげないのか。
あきれてものも言えない。

 
昨年6月に奈良県で、高校生の長男が母親と弟、妹を焼死させてしまった放火殺人事件があったが、その原因は、父親が長男を医師にしようと、暴力を交えて強圧的に勉強させたことだった。

 
スポーツでもこれと同じことが起きる可能性がある。
親のイメージを子どもに押しつけて、破たんした時にはじめて間違いに気付くのだ。
そのときには親子関係は崩壊している。

 
スポーツクラブの監督やコーチも、まるで軍隊調で子どもを怒鳴りつけている光景をよく見るが、それがどれだけ子どもを傷つけているか考えてほしい。

 
スポーツや運動は伸び伸びと楽しんでやることが大切で、その方が上達もする。