●「子どものため」と言いつつ、実は親のため


親にも先生にも言えることですが、大人が子どもに何かやらせるとき、必ず「子どものため」と言います。
でも、実はそれは大人自身のためでもあるのです。
そして、「子どものため」よりも「自分のため」の方が大きくなってしまっていることも非常によくあることです。


例えば、親は、子どもに「勉強しなきゃダメでしょ」「挨拶しなきゃダメでしょ」などとよく言います。
これは一体誰のためなのでしょうか?

もちろん子どもためでもあるのですが、実は言っている親のためでもあるのです。
親族、世間、近所、ママ友などから、「あのお母さんは立派な親だ。しつけもしっかりできる」という評価が欲しいのです。


スポーツの指導者、監督、コーチは一生懸命子どもたちを指導します。
それは一体誰のためなのでしょうか?
もちろん、子どもたちのためでもあるのですが、それだけではありません。
指導者自身が、「あの監督は素晴らしい」「あのコーチの指導力は大したものだ。さすが○○さんだ」と言ってもらいたいという気持ちが常にあるのです。


●「子どものため」と言いつつ、実は先生のため


これは、学校の先生においても言えることです。
例えば、先生たちは、次のようないろいろな目標を掲げて指導に臨みます。


「気持ちのよい挨拶ができるクラス」「授業に主体的に取り組むクラス」「規律ある行動ができる子どもたち」「当番や係活動に自主的に取り組む子どもたち」「集団行動が協力してできる学年」「合唱では全員が生き生きした表情で歌う」


これらは、もちろん子どもたちのためでもあるのですが、それだけではありません。
先生自身が、「先生のクラスはみんあ気持ちのよい挨拶ができますね。先生の指導力は素晴らしいです」「あのクラスは素晴らしい。さすが○○先生だ」と言ってもらいたいのです。


●「実は自分のためでもある」という事実に気がついていることが大切


このように、親も各方面の指導者も先生も、みんな子どものためと言いつつ、実は自分の
ためでもあるのです。
つまり、よい評価を得たいという欲があるわけです。


私、はこの欲を全くゼロにするべきだと言うつまりはありません。
欲をゼロにするのは、悟りを開いた人でないとできないことだからです。
でも、私は「子どものためと言いつつ、実は自分のためでもある」という事実に気がつい
ていることはとても大事だと思います。


それでないと、「自分のため」の部分が暴走して、どんどん大きくなってしまうからです。
子どものためと言いつつ、大部分が自分のためという状態になってはいけないのです。
これでは、子どもは大人の自己実現のための手段になってしまいます。


●気づいていればブレーキがかかる


ですから、次のような人は気をつけてください。
習い事や中学受験に邁進して、子どもの気持ちをちっともくみ取れない親。
しつけ主義に走って子どもを叱り続ける親。


大会の優勝を目指して、過度な練習で子どもを苦しめる指導者。
コンクールで高評価を得るために、子どもたちを怒鳴りつけて歌わせる合唱指導者。


自主的な係活動ができないといって、毎日叱り続ける担任の先生。
他のクラスより挨拶の声が小さいといって、朝から怒鳴る先生。
他のクラスより給食の食べ残しが多いといって、子どもたちに無理矢理食べさせる先生。
授業中の発表が少ないといって、「テストだけできても発表が少ないと成績は上がらないよ」と脅す先生。


このような状態にならないためには、子どもたちに何か求めたりやらせたりするとき、次のようなことを常に意識していることが大切です。

「これは本当に子どものためなのだろうか?実は、自分の欲のためなのではないか?」


このことを常に意識して気づていることができれば、自然にブレーキがかかります。
「自分のため」の部分が暴走して、子どもたちを自己実現の手段にするようなことが防げます。


つづく
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