今回の相談

 息子はサッカーのスポーツ少年団に入っているのですが、そこの監督が、「靴の整頓ができないような子は、サッカーもうまくならない」「宿題をやらなかったり忘れ物をしたりする子は、サッカーも見込みがない」と言いました。ちょっと違うような気がするのですが、親野先生はどう思いますか?

相談者・理不尽 さん(小学2年生 男子)


【親野先生のアドバイス】

理不尽さん、拝読しました。
こういう言い方をする人はいますね。
私はあまり賛成できませんが。

言いたいことはこういうことだと思います。
「脱いだ靴を整頓するくらいの自己管理力がないようでは、何をやっても自己管理ができないのだから、何をやってもうまくならない」。
もちろん一面的には当たっている部分もあるかもしれません。
また、プロの選手などが自覚してこういう両面で一流を目指すのは、すばらしいことだと思います。

でも、成長過程の子どもを指導する時は、あまりこういうことにこだわらないほうがいいと思います。
なぜなら、勉強ができなくて宿題もさぼりがちだけれど、野球だけは好きでがんばっているという子もいるからです。だらしがなくて整理整頓ができないけれど、サッカーだけは好きで得意だという子もいます。

日頃は先生や親にほめられることが少なく、叱られてばかりという子はたくさんいます。そういう子が何か一つ好きで得意なものがある場合、ぜひそれを最大限に伸ばしてあげてほしいと思います。
そういう子に対して、足りないところの改善を求めていたら、いつまでも伸ばすことはできません。
苦手なことや足りないところは目をつむって、とりあえず好きなことや得意なことで活躍させて、大いに自信をつけさせてあげることを優先してほしいと思います。
一つのことで自分に自信がつくと、気持ちに張りが出て、ほかの面でもがんばれそうな気がしてきます。それで、苦手なこともできるようになることもあります。

さらに言えば、子どもだけでなく大人でも、たとえば部下の指導でも同じことがいえます。
大人でもいますよね、営業は得意だけれど事務処理は苦手という人。そういう人は、営業でがんばってもらって自信をつけさせてあげればいいわけです。
上司が、「事務ができなければ営業の腕も上がらない」とか「一流の営業マンは事務処理も隙がない」などと言っていたら、いつまでも伸ばすことはできません。

話を少し広げて考えてみると、この監督のような言い方は私たちの周りの至るところで見受けられます。
つまり、無関係なことを関係づけて教訓的な内容を語るという言い方です。ほとんどの場合、そこに説得力のある説明はなく、ただそうあってほしいという願望を表しているだけです。

たとえば次のようなものです。