最終回は、歌舞伎役者の松本幸四郎さん、市川染五郎さん親子に親野智可等さんが「遊び」と「理解力」の関係について聞きました。



幼少期に父の背中から学んだこと


親野 幼い頃から舞台に立ち、歌舞伎界をリードしながら、ミュージカルや映画、テレビなどで幅広く活躍する松本幸四郎さん、市川染五郎さん親子。役を理解して体現し、人を感動させる役者という仕事を、どのように捉え、歩み続けているのでしょうか。

幸四郎 私の場合は、父親(八代目松本幸四郎)から歌舞伎を習った記憶はほとんどないのです。教えてくれないのに、稽古でできないと父は「それではダメだ」というだけです。子ども心にも、どうしてよいかわからなくなりましたが、今思うと芸事は「習うものでなく、自分から進んで覚えなければ身につかない」ということを教えられたのだと思っています。

親野 子どもの頃は、歌舞伎が嫌いだったんですか。

幸四郎 嫌で仕方なかったですね。学校へ行っても、前日の舞台のおしろいが残っていたりすると、からかわれましたし。歌舞伎が嫌いだった私とは正反対で、染五郎は子どもの頃から歌舞伎が好きでしたね。

染五郎 祖父や父の舞台を見て、それをやってみたくて仕方なくなり、姉や妹を巻き込んで“歌舞伎ごっこ”をして遊ぶほど歌舞伎が好きな子どもでした。私にとっては野球をして遊ぶ、ヒーローごっこをして遊ぶのと同じくらい楽しい遊びの選択肢の一つとして歌舞伎がありました。高麗屋という歌舞伎の家に生まれて、先輩方の演技を身近に見ることができ、まねて学んで自分も演じる。それが大好きなんですから、自分は幸せ者だと心底感じています。




考えるエンターテインメント、芝居


親野 嫌いがスタートだった幸四郎さんと大好きがスタートだった染五郎さんですが、芸を磨くことに関してはどのようにお考えなのでしょうか。

染五郎 歌舞伎が大好きだといいましたが、その稽古は辛いと感じることもあります。ただ、好きな歌舞伎をやりたいから、いいお芝居をしたいから、そのために日々稽古を重ねます。

幸四郎 我々の仕事はお客様に芝居を楽しんでいただくこと。いいお芝居をする職人であるべきだと思っています。これで完成という形がないのが、なかなか難しいところでもありますが。

親野 歌舞伎のなかの歌や踊りは、本来「遊び」でもありますよね。

幸四郎 歌舞伎、芝居、そのものが「遊び」ですから、楽しくなければいけません。余裕のない芸では、人の心に届かないでしょう。演じる私たち自身が遊び心を忘れず、楽しむことを大切にしていなければいけないと感じています。

染五郎 結局は好きだ、楽しいという気持ちが役者でいる自分を支えているのだと思います。




心で理解することの難しさと大切さ


親野 今の時代は、何でも録音や録画ができ、簡単に記録できてしまいますが、舞台芸術はそこに居合わせた人にしか味わえない、生ものならではの魅力がありますよね。

幸四郎 だからこそ、はかなくていとおしく思えます。何でもデジタル化している時代にあって、徹底的にアナログなのが歌舞伎の面白さでもあります。

染五郎 幕が下りてしまえばその日のその芝居は、二度と同じものを見ることも演じることもできません。撮り直しや編集ができないので、反省や後悔したことは、練習を重ねて次の舞台にぶつけるしかありません。

親野 経験を積んで歌舞伎を理解し、舞台に立つことでその芸が磨かれてきたんですね。

幸四郎 私は、理解するということには「頭で理解する」ことだけではなく「心で理解する」こともあるのではないかと考えています。「心で理解する」のは、自分でどうにかするというよりも「誰か、あるいは何かに理解させられる」ことの方が多いかもしれません。

染五郎 舞台に立つと「理解させられる」ことは多いですね。10月は私と、息子の金太郎と親子で春興鏡獅子という舞台を勤めています。幼い息子も舞台に立てば一人の役者です。父親であっても舞台上で息子に手を差し伸べることはありません。一カ月の公演を夢中で演じ切ることによって、息子もきっと自分なりに舞台の魅力を「心で理解」していることでしょう。




演じることを通して伝えたいこと


親野 幸四郎さんから染五郎さんへ、染五郎さんから金太郎さんへ。脈々と受け継がれてきた芸ですが、演じることを通して伝えていきたいのはどのようなことなのでしょうか。

幸四郎 私の父は「襲名の『名』の字は本当は『命』という字だ。襲名するとは、名を継ぐだけではない、命を継ぐことだ」といっていました。代々受け継がれてきたその命が、自分の体と心を通すことで、見てくださるお客様に勇気や感動をお与えできたらうれしいですね。

染五郎 一番好きなことに夢中になって、それを突き詰め、精一杯さらけ出している自分の姿をたくさんの人に見てもらえたらと思っています。何かを選ぶときには、自分に向いているか、向いていないかではなく、好きか嫌いかでいいのではないかと私は考えています。好きなことを見つけて、徹底的にそれをやっていたら、視界が大きく開ける時がくるはずです。

親野 たくさんの選択肢があふれている時代に「これをやって生きていこう」と決めるのは容易なことではありません。しかし、遊びでもスポーツでも勉強でも、好きなことだったらもっと知りたい、わかりたいと突き進むことができます。大変なことがあっても、乗り越える努力ができるんでしょうね。

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