●過熱する中学受験

近ごろ、中学受験のブームが過熱する一方で、その勢いは留まるところを知らない感じです。この流れは、「一億総中流」と言われた時代が終わり、格差の大きさが意識され「勝ち組負け組」という言葉が流行ったころから顕著になりました。

そして、5,6年前のメディアによる公立小中学校へのバッシングも大きな要因となりました。さらには、PISAの学力調査における学力の落ち込みが喧伝されたことも大きい要因となりました。

中学受験を目指す親の意識を端的に表せば、「子どものうちから勝ち組路線に乗せよう。そのためには、私立中学や公立中高一貫校で学力を上げなければ」ということになります。

そして、親の常として、「できるだけ偏差値の高い学校に」ということになります。でも、それは狭い門なので、子どもたちは受験勉強に追い立てられることになります。

そうはいっても、遊びたい盛りの小学生が受験勉強に邁進するはずもありません。私のところにも、多くの親たちの嘆きの声が届いています。

・志望校を決めて学校見学をして、行く気になっているはずなのに勉強しない。「バツの所をやり直せ!」と言っても、言うことを聞かない

・塾のテストの度に成績が下がって、この成績では志望校は無理と言われました。親子でイライラしています。穏やかに言っても勉強しないので、毎日厳しい言葉で叱ってしまいます。そうすると、ふてくされて物に当たります

・父親が『この中学校に入れなければ、うちの子じゃない』と言って脅してから、子どもがうつ状態になっています

●すすむ親子関係の崩壊

こういう状況の中で、感情的に叱りつけたり暴力をふるったりしてしまう親もたくさんいます。ある親は、子どもが勉強しないのにキレて、勉強道具をゴミ箱に棄ててしまいました。

また、ある親は、成績が上がらないからといって、子どもが楽しみにしていた夏休みの旅行を取りやめにしてしまいました。

私の知人でも、勉強しない子に頭に来て、雑誌を投げつけてしまったという親がいます。その人は、「子どもにこういうことをしたのは初めてです」と言ってしょげていました。

私に届いたこのような話は、氷山のほんの一画だと思います。実は、家庭という密室の中で、本当に多くの親子が似たような状況に立ち至っているはずです。

メディアは大きな事件にならないと取り上げません。でも、将来の大きな事件の元になりかねない親子の確執が密かに生み出されているのです。

小学校の中高学年は、本格的な反抗期が始まる前の大切な時期です。自己肯定感を育てたり、いい親子関係のもとで親への信頼感を育てたりするために大切な時期なのです。

その時期に過重な勉強を強制されたり叱りつけられたりすることは、大きなマイナスです。子どもは自分への自信をなくしますし、親に対する信頼感も持てなくなります。

●公立中学を批判する受験産業

ところで、私は、私立中学の存在自体を否定しているわけではありません。私たちは自由の社会に生きています。ですから、独自の建学の精神で独自の教育をする私立中学はあっていいわけです。

あっていいどころか、私はあるべきだと思います。公立の学校しか存在を許されない社会は、恐ろしいと思います。

親の側から見ても、「わが子にこういう教育を受けさせたい」と考えてそれにふさわしい学校を選ぶ自由が当然あるべきです。

でも、今の問題は、そのような私立の学校の本来の存在価値とは別のところで異常な受験ブームが起きてしまっているということです。「わが子にこの学校でこういう教育を受けさせたい」とか「この学校こそわが子に合う」などという判断ではなく、ブームに流されて判断している場合がほとんどなのです。

そして、そのブームの中で大きな役割を果たしているのが受験産業です。彼らは、私立中学の受験者数が増えることを願っています。そのために、直接的にも間接的にも公立中学の批判を繰り返しています。

曰く、「公立中学では学力がつかない」「公立中学では偏差値の高い大学への進学はムリ」などです。また、メディアに載せた広告で私立中学や中高一貫校のよさを強調し、相対的に公立中学を批判します。

また、「中学受験しないのは勉強ができない子」とでも言いたげな文言もよく出てきます。これらのプロパガンダはかなり成功しています。

しかも、受験産業は何年も前に今の少子化を見越し、「子どもが減るなら、同じ子どもたちに何年も通ってもらおう」と考え、「中学受験の準備は4年生から始めないと間に合わない」と言い始めました。今は、親たちがそれをまことしやかに言い合っています。

●公教育の立て直しのための予算を

私は、親たちがこのようなプロパガンダやブームに流されることなく、わが子にとって本当にいい道を冷静に考えることが大切だと思います。

同時に、政治や行政には、公立学校の教育力を底上げするための施策が早急に求められます。まず、絶対に必要なのは四十人学級の解消です。

先進国で一学級の人数が四十人というのは、唯一日本だけです。ヨーロッパ各国は軒並み三十人以下です。学力やいじめの問題においても、一人の教師が見る人数を減らさないことには、どうしようもありません。

そのためには、教育関係予算を増やす必要があります。OECDの最新の調査(05年)では、日本の教育予算がGDPに占める割合は3.4%で、OECD加盟国で最低です。このままでは、公教育の立て直しは難しいと言わざるを得ません。

教育論議は精神論に傾きがちで、教師の一層の努力が強調されて終わりです。でも、努力で解決するレベルははるかに超えており、教師の多忙と精神的負担はもう限界です。

民間企業でも、重要部門の予算と人員は増やします。教育においても、これをやらなければ実質的な解決はあり得ないのです。

初出「子ども白書2009」

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