人権意識の欠落した親や教師が、「しつけ」という大義名分のもと罵倒するように叱りつけ、ときには体罰を加え、子供を追いつめる。
いじめの根っこには、子供の人権に無自覚な大人たちがいる。
教育評論家の親野智可等さんに聞いた。

●いじめは昔からあった

――――二十年以上にわたり小学校で教師をされていた経験がある親野さんは、いじめの問題についてはどうお考えですか?

まず、「近頃は、いじめが多すぎる」「最近のいじめは、昔に比べて悪質だ」という声をよく聞くのですが、本当にそうなのかどうかは誰にもわからないことだと思います。

私は一九五八年生まれですが、私たちの世代でもいじめはありましたし、戦時中を舞台にした藤子不二雄Aさんの漫画『少年時代』に出てくるいじめなんて、激烈極まりないですよ。

いじめに関する数量的な調査が本格的に始まったのはここ三、四十年くらいの話ですから、それ以前のことを数量的に検証する手立てはないのですが、ひどいいじめは昔もいまもあるということでしょう。

文部科学省の統計を見ると、いじめの数には増減があるのですが、メディアが騒ぐときは増えて、騒がなくなると逆に減る傾向がある。こんなにおかしなことは、本来ありえないはずです。

――――メディアは、いじめの問題が表面化したときだけセンセーショナルに騒ぎ立てるだけ騒ぎ立てて、情報を消費したらそれで終わりという傾向が強いですね。

テレビはとくにそうです。ただ、昨年十月に滋賀県大津市の中学生がいじめを苦に自殺した事件が大きな波紋を呼んだように、一九八〇年代に初めていじめが社会問題として大きく取り上げられて以来、いじめを問題視する動きがこれまでに何度もあったのは事実で、その結果、最近になってようやく、いじめは決して許されない人権侵害だとの共通認識が世の中に根づき始めたように思います。

こうした機会に、スポーツ界や学校での体罰問題、職場でのパワーハラスメント、医療現場のドクターハラスメントなど、あらゆるハラスメント(いじめ・嫌がらせ)が人権侵害として問題視されるようになれば、いじめを容認しない姿勢が、さらに定着していくのではないかと思いますね。

●親や教師の無自覚ないじめ

しかし、いまだに表面化していない重要な問題が二つあります。それは親によるわが子に対するいじめと、教師による生徒へのいじめです。

――――親や教師によるいじめですか?

いじめといっても、本人たちは自分がいじめているとは気づいていないんです。でも、たとえば片付けが苦手な子に対して、否定的で感情的な言葉で「何で片付けないの? ダメでしょう!」「何度言ったらわかるの? だらしない!」と叱りつけたり、「言ってもわからないから」と叩いたりする。こうしたしつけの方法は、明らかに人権侵害、つまり無自覚ないじめなんです。

生活面でも愛情面でも、子供は生存に必要なすべてを親に依存しており、親の子供に対する立場の強さは圧倒的です。なかには、子供を自分の従属物として、自分の思い通りにしてもいいのだと勘違いする親が出てくる。

「子供のため」という大義名分があるから、自分の強い立場に甘えて、何の遠慮もなく権力を振るってしまうんですね。これは、子供を一人の人間として尊重していない証拠で、人権意識の欠落によるいじめ以外の何ものでもありません。

子供は天からの「授かりもの」と言いますが、これは間違いで、子供は天からの「預かりもの」と考えるべきだと、私は思います。

この世でたった一人のかけがえのない人間として、親は子供を預かっているにすぎない。しかも、将来に向けて無限の可能性を秘めた、いちばん大切な時期を預かっているのですから、自分の否定的で感情的な、あたかも罵るような言葉が、子供にどんな悪影響を与えるのか、親はよくよく考えなければなりません。

――――そのつもりはなくても、否定的で感情的な言葉を発してしまった時点で、それはもういじめなのですね。

片付けの苦手な大人がいたとしても、「何で片付けられないんだ? ダメなヤツだ」などという言い方はしませんよね。大人同士、あるいはよその子には決して言えないような言葉も、わが子ならぶつけてしまう。これはいじめ以外の何ものでもありません。

教師も、クラスの子供たちに対して「教育のため」という錦の御旗を振りかざし、罵詈雑言に近い言葉で「また忘れものか? どうしていつもそうなんだ!」「宿題やってない? 怠けるんじゃない!」と、叱りつけることがあります。

これも子どもを一人の人間として尊重しているならとても言えない言葉です。一人の人間としての人権を本当には認めていないから、このような言葉が出るのです。

●肯定的な言葉使いが大切

親や教師の無自覚ないじめを受けた子供は、叱られ続けたストレスを発散するために、大人と同じやり方で、子供相手にいじめを再生産してしまう。まさに負のスパイラルです。

否定的な言葉で感情的に子供を叱ってしまいそうなときは、一歩引いて「こんなキツい言い方を、大人相手に言えるだろうか」と考えてみてほしいですね。これは、子供に媚びへつらったり、他人行儀になることとは違います。子供を一人の人間として尊重し、相手を慮った言葉使いをしようということです。

――――キツい言葉で叱りつけることが無自覚ないじめとして取り上げられることは、ほとんどないですね。

いじめの問題を考えるなら、そこまで踏み込んで考えるべきなのですが、子どもを否定的かつ感情的に叱りつけることが人権侵害、つまりいじめだという意識が社会的に希薄なため、なかなか問題が表面化しない。しかし、いずれはこうした問題に気づく人が増えていくと思いますし、また、そうでなければならないと思います。

大人が罵詈雑言を慎み、逆に肯定的な言葉使いを心がけることは、とても大切なことです。肯定的な言葉で褒められて育った子供は、親の愛情を実感することができるので、心が満たされている。

心が満たされていると、ものの見方にも反映されます。困っている友達がいれば優しく気遣ってあげようと思うし、何をするにも時間がかかる超スローペースの子には自分がサポートしてあげようと考える余裕が生まれるのです。

一方、否定的な言葉を浴びて育った子供は、「自分はダメな子なんだ」と自信がなくなるし、「お父さんやお母さんは、自分のことが嫌いなんじゃないか?」という愛情への不信感を持つようになります。自己肯定感と他者信頼感が持てないのです。

そういう子供は、ちょっと汚れた服を着た子や、何をするにも時間がかかる子などを見ると、イライラしていじめのきっかけにしてしまいがちです。いじめには、いじめられる側にも原因があると考える人もいるようですが、そんなことはありえない。いじめる側のものの見方や精神状況によって、いじめのきっかけにされてしまうだけなのです。

自分より強い立場にいる人間にはできないことを、弱い立場の人間には平気でしてしまう。これは、立場の強い人間のほうが、弱い立場の人間よりも価値があると言っているのと同じです。年齢や立場に関係なく、お互いを一人の人間として認め合うのが人権意識というもので、こうした人権意識が欠けていると、いじめも生まれやすいのです。

●根深い人権意識の欠落

インターネット上の教育相談コーナーで、「しつけのために叩くのは絶対によくない」とコメントした際、否定的な意見がけっこう寄せられて、驚いたことがあります。

ヨーロッパでは、しつけのために体罰が許されると考える人は、皆無と言っていい。人権意識が定着しているので、「無力な子供を叩いてしつけるなんて、そんな愚かなことは恥ずかしくてできない」というのが常識になっているのです。

――――スポーツ界のしごきは、いまでこそ問題ですが、ひと昔前までは、肉体的にも精神的にも強靭な選手を育て上げるための美談として語られていました。

職人などの世界でも、昔は家事や雑事をこなすことから修行が始まり、師匠や親方から叩かれることも多かったですよね。以前、ガラス工芸で有名な北海道・小樽に工房を持つガラス職人が、ラジオでこんな話をしていました。

その人はベテランの職人で、弟子入り希望者も多かったのですが、昔気質の職人だったので、「何だ、その靴の脱ぎ方は!」「そんなものはダメだから、割っちまえ!」といった具合に、何かにつけて弟子をガミガミ叱りつけていた。

自分自身がそういう道を通って職人になったから、それが修行の正しいあり方だと思ってきたのだと思いますが、気がついたら、若い人はみんなやめてしまっていった。

このままではマズいと思った彼は、弟子は褒めて伸ばすことにして、楽しい工房づくりを心がけるよう、方針をガラリと変えてみた。そうしたら、弟子はどんどん集まるし、店も繁盛するし、何より自分が楽しくなった。

彼は最後に、過去の自分がどうしてあんなに威圧的にふるまっていたのか、いまとなってはまるでわからないというようなことを言っていました。

日本では封建主義的な考え方が強く、軍隊教育の影響もあって、体罰や、威圧的なしつけを是としてしまう傾向がある。親や教師による子どもへのいじめは、実は、こうした日本人のメンタリティの、一つの現れなのではないかと私は思います。

――――いじめは子供同士の問題ではなく、われわれ日本人の意識に深く根ざした問題であるということですね。

その通りです。そしてその背景にあるのは、やはり、人権意識の欠落だと思います。

●少人数クラスのメリット

二〇一二年に報告されたOECD(経済協力開発機構)の調査によると、日本では一人あたりの教師が受け持つ生徒数が極端に多い。OECD加盟国三十四ヵ国中、二番目の多さです。

テレビなどで見ることがあると思いますが、欧米では、一クラス二十人程度で、五、六人の生徒に教師が一人つくといった状態で授業をするパターンが多い。日本の公立の小・中学校では、一クラスの担任は一人、生徒は最大で四十人ですが、日本のように、教師が一人で多人数の生徒を教える一斉授業のほうが、先進国では珍しいんです。

いじめは、先生のいないところで、先生にだけはわからないように行なわれるものですから、四十人も集まったクラスですべてのいじめを見抜くのは難しい。六年生くらいの知的レベルになれば、ほとんど不可能でしょう。

休み時間や放課後、トイレの中や体育館の裏などで起こっていることを、すべて把握することなど、できるはずがありません。教師は、自分の気がついていないところでいじめが存在している可能性を、つねに頭に入れておくべきです。

――一――クラスの人数が少なくなれば、教師の目が行き届き、生徒の様子もより把握できるようになる?

教師の数を増やして、一人の教師が見る生徒の数を減らせばいじめの発見率は必ず高まります。しかも、教員を増やし少人数クラスにすれば、学習の個別対応が可能になるので学力アップにもつながる。

世界的に学力が高くて有名なのはフィンランドですが、私の同僚が1ヶ月間視察に行ってきて報告会を開きました。それによると、一クラスはだいたい十五人から多くても二十五人ほどとのこと。

しかも複数担任制で、なおかつ主な教科の授業にはアシスタント・ティーチャーがつくそうです。それでも学習についていけない子には、専門の特別支援の先生が補修を行います。一人ひとりの子供の人権を尊重しているため、対応がおのずときめ細かくなるのでしょう。

これは欧米全体に言えることだと思いますが、「落ちこぼれるのは努力が足りないからだ」といってエリート教育に走りがちな日本とは大きな違いですね。

欧米では、少人数クラスや複数担任制のほかにも、カウンセラーや臨床心理士などを学校に常駐させて子供や親のメンタルケアへの配慮もしています。

いじめられる側のサポートはもちろんのこと、いじめる子供とその親にも、サポートをしているのです。いじめる子にはいじめる理由があり、その心情と背景をしっかり理解したうえで、親にも指導しなければ、根本的な解決に向かうことはできません。

●文化的成熟が改善の第一歩

OECD加盟国中、日本は公的な教育に対する支出が最も少ない国でもあります。教師が授業時間以外に雑務をしている時間がもっとも多いのも日本です。この二つは、教育現場での人員不足や、子供と教師が向き合う時間の極端な減少といったかたちで、いじめの問題とも複雑に絡み合っています。

文部科学省は、子供たちの教育のためには人手とお金と時間が必要だということはわかっているはずなのですが、政治家や財務官僚には、なかなかそれがわからない。

子供たちのことを考えると、日本の社会全体が、教育のためのお金と時間の必要性を理解しなければならないと思います。

しかし資金を投入するとなると、「成果を出せ」と言いがちなのがいまの世の中で、そうなるといまの日本では、学力テストの点数がわかりやすい指標となり、成果を計るものさしになってしまう。でも、教育の成果は、数字に置き換えることができないことだらけなんです。

たとえば、小学校一年生の時は何ごとにもやる気がなく、周囲にもトゲトゲしていた子が、二年生でたくさん褒めてくれる先生と出会ってから急に生き生きし始めて、勉強もスポーツも頑張るようになり、友達にも優しくなったとします。こうした変化を数字で表すことなど絶対にできません。

学力テストの問題なら答えは一つだし、ふだんから過去問題を反復練習していれば簡単に点数は上げられますが、「友達に優しくなったら五十点。やる気アップでプラス三十点」なんて点のつけ方はできませんよね(笑)。教育において最も本質的で大事なことは、数値化できないのです。

子供たちを生き生きさせる教育が、結果的には学力だけでなく、社会全体の底上げにもつながることは、フィンランドなどの例を見ても明らかだとは思うのですが、いまの日本には教育の成果を長期スパンで見られるだけの余裕も、文化的成熟もないと言わざるを得ない。

学校や家庭はもちろんのこと、社会のあらゆるところにいじめの問題はあります。その問題に立ち向かうためには、年齢や性別、社会的立場や親子関係に関係なく、お互いを尊重する人権意識を私たちみんなが共有することが大切です。

つまり日本全体の文化的成熟が不可欠なのです。「しつけのためなら叩いてもいい」などという大人が多いような、そういう人権意識が弱い状態のままで、社会のいたるところに存在するいじめの問題を改善していくことなどできるはずがありません。

初出:『望星』(東海教育研究所)2012年4月号

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