以下は、私が初めて1年生を受け持ったときのことを書いたものです。

「椅子を机に入れて立ちなさい」
「はあい」
がた、がた、…
ところがよく見ると、一人の男の子が椅子に座ったまま何やらもがいている。

「どうしたの、A男くん?」
「先生、立てません」
なんと、彼は先生に言われた通りに、椅子を机の中に入れてから立とうと頑張っている最中なのだった。

それで彼は椅子と机の間に我が身を挟まれながら、立つこともできず抜け出すこともできず、一人誠実に奮闘努力していたのだ。

この日初めて彼は、「椅子を机に入れて立つ」というのは、「立ってから椅子を机に入れる」ことだということを知り、同時に言葉の奥深さに触れ、また同時に一教師をして日本語の不可思議性と一年生の不可思議性に改めて目を向けさせたのだった。

「テスト隊形に開きなさい」
「なあに、それ?」
「隣の人のテストが見られないように、机を隣の人とできるだけ遠くに離すことです。」
「はあい」

子どもたちは理解したようなので、私は戸棚の中に仕舞ってあるはずのテストを探し始めた。
やっと見つけてテストを配ろうと顔を上げたら、何と、子どもが5,6人廊下に出ているではないか。

しかも、机と椅子を運びながら。
そのうちの一人は、もう隣の部屋の向こうまで行っている。
「何をやっているんですか?」(怒)
「だって、先生隣の人とできるだけ遠くに離すんでしょ?」

「B男君、うんちをするときはちゃんとドアを閉めなさいよ。恥ずかしいでしょ?」
「ううん、ぼく恥ずかしくないよ。ドア空けといた方が明るくて、気持ちよくうんちできるよ」
(ううん、なかなか、深いことを言う。本当はそうかもしれないなあ。)

「目の検査では、片方の目をこのしゃもじみたいな目隠しで隠して、片方ずつ調べます。目隠ししている方の目は開いていても良いんだよ。目をつむっていると急に開けた時よく見えないことがあるからね。最初は右目を調べるから、まず左目を隠すんだよ。云々…」

長い長い説明の後、C子さん登場。
「先生、何も見えません」(半べそ状態)
「えっ。」よく見ると、C子さんは左目をつむって右目を開け、その右目の上にしゃもじ型の目隠しをしているのだった。

長い説明がC子さんを混乱させたことは明らか。
思わずだきしめたくなってしまった。

十八年目にして初めて受け持った一年生。
全く新鮮な驚きを数多く味わせてくれた彼らに、心から感謝している。
子どもには子どもなりの論理があり、それもあながちバカにできないものだということを、彼らは教えてくれた。

寒風吹き荒ぶ朝の登校時にわざわざ冷たい思いをして氷で遊んだり、ご苦労さんにも教室まで大事そうに持ってきて友達や先生に見せたりする子どもたちの姿を見ていると、人類にもまだまだ明るい未来があると信じられてくるのである。

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