「先生、いつになったら足し算やるの?」これは、1年生に入学した子がよく口にする言葉の1つです。


1年生の子どもたちにとって、足し算こそは勉強の象徴のようなものなのです。

 
でも、算数では、足し算の勉強の前に「10までのかず」とか「いくつといくつ」などの勉強があります。


「10までのかず」は1から10までの数を数えたり唱えたりする勉強です。
「いくつといくつ」は数の分解の勉強です。


例えば「6は5と1」「6は4と2」「6は3と3」というように分解するのです。

 
そして、これは補数の一種でもあるのです。
つまり、6をもとにしたとき、5の補数は1です。

 
子どもたちは、「こんなの簡単簡単」と言いながらどんどんやってくれますが、実は、これが既にその後の足し算の勉強に直結しているのです。

 
なぜなら、「4+2」は先ほどの「6は4と2」という数の分解の問題を形を変えて出しただけなのですから。


つまり、分解の反対の合成を式で表しただけのことなのです。


というわけで、この「いくつといくつ」の勉強から既に足し算は始まっているのです。

 
この「いくつといくつ」の勉強は、ほとんどの子ができます。
でも、その速さにはかなりの差があるというのも事実です。
そして、この差がその後の足し算の速さにも直結していきます。


では、どうしたら、速くできるようにしてやれるのでしょうか?

 
私は、入学前から積み木を使って遊びながらこの能力を鍛えておくことをおすすめします。


例えば、最初6個の積み木を見せておいて、そのうちの4個だけ残して後は大人が隠します。
そして、いくつ隠したか当てさせます。


補数のところで紹介した百玉そろばんを使えば、このような遊びがいろいろと楽しめます。
また、百玉そろばんなら、小さい子がいても口に入れる心配がありません。


遊びながらこのような数の分解や合成の練習をしておけば、算数の勉強で苦労しなくて済みます。
後は、ひたすらドリル学習で反復練習をたくさんやることです。
 

さて、「いくつといくつ」の後で、いよいよ子どもたちお待ちかねの足し算が始まります。


ところで、1年生の足し算は、1学期にやる「足し算1」と2学期にやる「足し算2」に分かれています。

 
前者は繰り上がりのない足し算です。
つまり、「5+4」「2+8」など、答えが10より大きくならないものです。


後者は繰り上がりの足し算です。
つまり、「8+6」「5+7」などです。
 

この2つの足し算の間に、図形や引き算など、別の勉強が入ります。
そして、夏休みもはさみます。


では、なぜ、一気に続けて勉強しないでわざわざ間を空けるのでしょうか?


それは、その間に前者の習熟を図るためです。
 

「5+4」や「2+8」などが一応できるレベルでは、不十分なのです。
それらが瞬時にできるレベルまで引き上げておかないと、繰り上がりの足し算で苦労することになってしまいます。
九九や補数のところでも言いましたが、瞬時にできるということが本当に大切なのです。

 
親が、繰り上がりの足し算を習うまでに1ヶ月以上の間が空いている理由を、よく理解することが大切です。
その間に、速度も精度もこれ以上ないというくらいまで磨きをかけさせてやってください。

 
そして、いよいよ繰り上がりの足し算になります。
そのやり方については、前回の補数のところで詳しく書いた通りです。
「8+6」を例に、簡単におさらいしておきます。

 
「8+6」の6を2と4に分解します。
8と2を足して10にします。
10と4を足して14になります。

 
現在、私が調べた6種類の教科書全てでこのように説明してあります。
私もこれで問題ないと思います。


ところが、「6+8」のように後の数字の方が大きい場合、難しい問題が出てきます。


みなさんは、「6+8」をやるとき6と8のどちらを分解しますか?


小さい方の6ですか?
それとも、後の方ということで8を分解しますか?


これは、大人にとってはどちらでもいいことのように思えますが、初めて繰り上がり足し算を習う子たちにとってはけっこう大きい問題なのです。
 

これについて、教科書の説明には違いが出てきます。


ある教科書には、その両方のやり方がイラストで説明されています。
そして、その説明の近くにキャラクターが描いてあって、その吹き出しに「あなたの計算の仕方はどちらですか?」と書いてあります。
つまり、自分のやりやすい方でいいということなのです。

 
6つの教科書のうち5つがこのようなスタンスです。
しかし、残りの1つの教科書は、明らかにスタンスが違います。


その教科書では、「3+9」という問題を例にして、小さい3の方を分解した方がやりやすいとはっきり導いているのです。

 
さて、この2種類の説明のうち、どちらが子どもにとってよいのでしょうか?
それは、子どもにどうやって教えた方がいいのかという問題でもあります。

 
つまり、「6+8」をやるとき、次のどちらで教えるかということです。


前者では、「6と8のどちらを分解するかは自分のやりやすい方でいい」と教えることになります。


後者では、「小さい方を分解した方がいい」と教えることになります。

 
では、私はどうしていたでしょうか?
私の学校では、前者の教科書を使っていましたが、私自身は後者のように「小さい方を分解した方がいい」と教えていました。


なぜかというと、「どちらを分解してもいい」と教えると、「4+8」などの計算でも8を分解しようとする子が出てきてしまうからです。
こういう子は必ず出てきます。

 
「7+8」のように、どちらを分解してもそれほど難しさが変わらない問題はそれでも困りません。
でも、「4+8」では4を分解した方が明らかにやりやすいのです。

 
算数が得意な子は、瞬時に4を分解した方がいいと判断できます。
でも、そうでない子もいます。
そういう子は、「どちらを分解してもいい」と言われると、とにかく後の数を分解しようとするのです。


なぜかというと、繰り上がりの足し算の習い始めに「8+6」のような後の数が小さい問題をたくさんやって、後の数を分解するやり方が頭に刷り込まれているからです。


習い始めから頭に刷り込まれているので、「どちらを分解してもいい」と言われればそのやり方になってしまうのです。
そして、大苦労することになってしまうのです。

 
ところが、教科書には「どちらを分解してもいい」と書いてあっても、実は教科書を作っている人たちは「小さい方を分解した方がいい」と認識しているのです。


その証拠に、繰り上がり足し算の最初のころに出てくる問題は、全て「8+6」のような後の数が小さい問題です。
もし、本当に「どちらを分解してもいい」と思っているなら、最初の頃に「8+9」のような後の数が大きい問題も出すはずです。

 
教科書を作っている人たちは、自分たちも「小さい方を分解した方がいい」と認識しているのですから、教科書にもはっきりそう書くべきだと私は思います。

 
では、なぜ、「小さい方を分解した方がいい」と書かずに「どちらを分解してもいい」などと書いてあるのでしょうか?
それは、簡単に言えば、子どもたちの数学的な発想を大切にしようという考えがあるからです。

 
その証拠に、教科書によっては、「6+8」のやり方の例として次のようなものも出ています。


6を5と1に分ける。

8を5と3に分ける。

5と5を足して10。

1と3を足して4。

10と4を足して14。

 
こういうやり方もあり、大きい方を分解するやり方もあり、小さい方を分解するやり方もあり、いろいろなやり方があるということを教科書は言いたいわけなのです。
こういういろいろなやり方を考えつく力は、もちろん大切です。


でも、私は、1年生のこの段階では、どの子も繰り上がり足し算を瞬時にできるようにさせることの方がはるかに大事だと思います。

 
特に算数の苦手な子たちのことを十分考えるべきです。
その子たちにとって一番いいのは、小さい方を分解するやり方を徹底的に身につけさせることです。
そうすれば、どの子も繰り上がり足し算が瞬時にできるようになるのです。

 
ですから、私のようにしている教師はたくさんいます。
つまり、教科書に出ているいろいろなやり方について一応触れておき、それでも、習熟を図るときには小さい方を分解するやり方で練習させているのです。

 
というわけで、親たちも子どもに教えるときこうするのが一番です。
「小さい方を分解する」これが繰り上がり足し算のポイントです。

 
具体的には、例えば「6+8」を教えるときは、次のようになります。


「大きい方はどっち?」「8」「小さい方は?」「6」「8は後いくつあれば10になる?」「2」「じゃあ、6をいくつといくつに分ける?」「4と2」「じゃあ、6の下に『4と2』と書いて」「書いた」「8と2でいくつ?」「10」「後4を足すと?」「14」

 
ところで、2年生になって九九を習うと、それを応用した繰り上がり足し算もできるようになります。
例えば「6+8」なら6×2をやって残りの2を足すやり方です。
大人でもこのやり方でやっている人は多いようです。
 

また、今まで書いてきたような分解して足すやり方がどうしてもできない子もいます。
そういう子には、「数え足し」でやらせてもいいのです。

「数え足し」とは大きい数をもとにして、実際に指などを使って数えながら足していくやり方です。
「8+6」なら8をもとにして、「9,10,11,12,13,14」と足していくのです。

 
また、分解するやり方で指を使う子もいます。
私は、指を使うのを急いでやめさせる必要はないと思います。
指を使う子を見ていると、だんだん巧みに使うようになります。


最初は1本ずつきちんと折って数えていても、だんだん折り方が速くなり、いい意味で雑になります。
その内に、指をちらりと見るだけになります。
そして、やがて見なくなります。

 
もちろん、子どもの様子を見ていて、タイミングよく「もう指を折らなくてもできそうだね」などと一押ししてやるのは効果があると思います。
でも、そこまでいっていない子に無理にやめさせるのは逆効果です。

 
最後に、教科書を作る人たちに提案したいことがあります。


いろいろなやり方を例示で載せるのはいいと思います。
それは数学的な発想を伸ばすという点で意味があるのは確かですから。
 

でも、習熟の段階では、小さい方を分解するやり方に導く書き方をするべきだと思います。
つまり、「いろいろなやり方がありますが、一番いいのは小さい方を分解するやり方です」と書くべきだと思います。


この一言を入れるだけでもかなり違います。

 
はっきりそう書いてあれば、どの教師もその一番いいやり方で教えますし、子どももみんなそのやり方でできるようになります。
教科書を見た親にも、そうやって教えればいいのだということがすぐに分かります。

 
つまり、教科書を作るとき、数学的な発想を伸ばす段階と習熟の段階をしっかり区別して作って欲しいということです。


算数の教科書には、繰り上がり足し算以外のところでも曖昧なところがたくさんあります。
先程のようなほんの一言を付け加えるだけでも、かなり違ってくると思います。

 
今、私が広げている教科書のあるページに、「4+8」で4と8のどちらを分解してもいいようなことが書いてあります。


本当に、この書き方でいいのでしょうか?
私はいけないと思います。
一番大きな被害を受けるのは、算数の苦手な子たちです。
彼らのためにこそ役立つ教科書を作って欲しいと思います。