前回、算数ができるようにするためのポイントとして、九九の完全制覇を挙げました。
これがいかに大切かは、みなさんにもよく分かっていただけたことと思います。
今回は、九九と同じくらい大切なポイントについて説明したいと思います。
いえ、もしかしたら、私としては、九九以上に強くアピールする必要があるのかもしれません。
というのも、これはあまり知られていないポイントだからです。
九九の大切さについては、薄々気が付いている人も多いかもしれません。
でも、今回のポイントに気が付いている親はほとんどいないと思います。
そのポイントとは補数です。
中でも「10に対する補数」です。
言い換えれば、「足して10になる数」のことです。
たとえば、7といったら3が補数であり、4といったら6が補数です。
この補数が瞬時に言えるということが、算数ができるようにするための非常に大切なポイントなのです。
では、なぜ、そういえるのでしょうか?
それは、一言で言えば、「繰り上がりの足し算」と「繰り下がりの引き算」のスピードを決定付けるのがこの補数を出すスピードだからです。
では、具体的に「7+5= 」という繰り上がりの足し算を例に詳しく見てみましょう。
1年生の子どもが実際にこれを解くとき、どのように頭の中で進めていくのかを1つずつ追いながら見ていきます。
まず、1年生の子どもは、この問題が「7+2= 」のような問題とは違うと気が付きます。
つまり、答えが10以上になると気が付くのです。
次に、そういう問題はまず10を作るんだったと思い出します。
そして、小さい方を分解するということも思い出します。
そして、7と5のどちらが小さいか考えて、5の方が小さいと分かります。
次に、5を分解しようとします。
そのとき、7のことを思い浮かべながら5を3と2に分解します。
つまり、7の補数である3を出して、後の残りが2と出すのです。
次に、7と3を足して10にし、最後に、10と2を足して12となります。
これが一連の過程です。
この過程を式にすれば、次のようになります。
10-7=3 5-3=2 7+3=10 10+2=12
習熟してくればこの過程を瞬時に行えるようになります。
また、そうならなければなりません。
でも、習いはじめの子や計算が苦手な子はそうはいきません。
特に難しいのが、「7のことを思い浮かべながら5を3と2に分解」するところなのです。
これをほとんど同時にやらなければならないのです。
ここで、7の補数が3だと瞬時に出てくるかどうかがとても大きい差になるのです。
7の補数の3が瞬時に出てこない子は、まず、そこで少し考える時間がかかります。
頭の中で「8,9,10だから3だ」などと数えているのです。
そして、出てきた3を5から引いて2を出すところでまた少し考える時間がかかります。
そのあと10に2を足して12と出すところでまた少し考える時間がかかります。
こうやって少しずつ時間がかかっている間に、一連の過程の中で今何をやっているのかが分からなくなってしまうのです。
1つ1つ大人が聞いてやって問答しながらならできるのに、1人でやると分からなくなってしまう子がいるのは、こういう理由からなのです。
ところが、7の補数が3だと瞬時に出てくる子は、残りの2を足して12とすぐに答えが出ます。
つまり、補数がすぐに出ることで、その後の一連の過程が一気にできてしまうのです。
今度は、「12-4= 」という繰り下がりの引き算を例に詳しく見てみましょう。
まず、1年生の子どもは、この問題が「9ー4= 」のような問題とは違うと気が付きます。
つまり、そのままでは引けないことに気が付くのです。
次に、そういう問題は、まず12を分解するんだったと思い出します。
そして、12を10と2に分解します。
次に、2から4は引けないので10から4を引きます。
そして、4の補数である6を出します。最後に、6と2を足して8と出すのです。
この過程を式にすれば、次のようになります。
12=10+2 10-4=6 6+2=8
この一連の過程の中で一番難しいのが、4の補数の6を出すところです。
というのも、6の補数は4とか、7の補数は3などというのは比較的簡単ですが、4の補数は6とか3の補数は7などというのはけっこう難しいのです。
頭の中で「う~ん・・」と考えたり、または、「5,6,7,8,9,10」と数えたりするようでは、時間がかかりすぎです。
計算が苦手な子はここでかなり手間取るので、なかなか答えまでたどり着けません。
その間に、一連の過程の中で今何をやっているのかが分からなくなってしまうこともあるのです。
このようなわけで、繰り上がりの足し算においても繰り下がりの引き算においても、補数がキーポイントなのです。
この補数が瞬時に出るようにしておくことが必要です。
さて、みなさん、この後の説明は、心してしっかり読んでください。
きっとみなさんは初めて聞くことだと思いますから。
しかも、とても大切なことですから。
これは、私が計算が苦手な子たちを教えながら発見したことです。
彼らの横で付きっきりで教えながら、私は「なぜ、この子はこの計算ができないんだろう?」と一生懸命に原因を考えました。
その結果、初めて分かったことです。
では、まず、1つみなさんに聞いてみたいと思います。
みなさんは、繰り上がりの足し算と繰り下がりの引き算のどちらが子どもにとって大変だと思いますか?
そして、その理由は何ですか?
はい。正解は繰り下がりの引き算です。
だいたいの人は合っていたのではないでしょうか?
では、その理由は分かりますか?
これは難しいと思いますので、答えを先に行ってしまいます。
それは、繰り下がりの引き算で使う補数の方が難しいからです。
それを分かりやすくするために、まず、繰り上がりの足し算を全て書き出して、そこで必要な補数を見てみましょう。
全てといっても、実は全部で20個しかありません。(6+5と5+6は同じと考えます。別と考えれば36個です)
6+5、6+6で必要なのは、6の補数の4です。
7+4、7+5、7+6、7+7で必要なのは、7の補数の3です。
8+3、8+4、8+5、8+6、8+7、8+8で必要なのは、8の補数の2です。
9+2、9+3、9+4、9+5、9+6、9+7、9+8、9+9で必要なのは、9の補数の1です。
これでお分かりのように、繰り上がりの足し算で必要な補数は、次の4個です。
6の補数の4、7の補数の3、8の補数の2、9の補数の1。
次に、繰り下がりの引き算を全て書き出して、そこで必要な補数を見てみましょう。こちらは全部で36個です。
11-2で必要なのは、2の補数の8です。
11-3、12-3で必要なのは、3の補数の7です。
11-4、12-4、13-4で必要なのは、4の補数の6です。
11-5、12-5、13-5、14-5で必要なのは、5の補数の5です。
11-6、12-6、13-6、14-6、15-6で必要なのは、6の補数の4です。
11-7、12-7、13-7、14-7、15-7、16-7で必要なのは、7の補数の3です。
11-8、12-8、13-8、14-8、15-8、16-8、17-8で必要なのは、8の補数の2です。
11-9、12-9、13-9、14-9、15-9、16-9、17-9、18-9で必要なのは、9の補数の1です。
これでお分かりのように、繰り下がりの引き算で必要な補数は、次の8個です。
2の補数の8、3の補数の7、4の補数の6、5の補数の5、6の補数の4、7の補数の3、8の補数の2、9の補数の1。
というわけで、繰り上がりの足し算より繰り下がりの引き算の方が必要な補数が多いのです。
しかも、繰り上がりの足し算では必要なかった、2の補数の8、3の補数の7、4の補数の6が特に難しいのです。
補数の中でもこの3つが難しいのです。
「6の補数は?」「7の補数は?」「8の補数は?」などと考えたときはすぐに4、3、2などと出てくる子でも、反対の「4の補数は?」「3の補数は?」「2の補数は?」などと考えたときにはすぐに6、7、8などと出てこないことが多いのです。
ここに繰り下がりの引き算の難しさがあるのです。
長々と書いてきましたが、結論を言いたいと思います。
算数ができるようにするには、補数が瞬時に出るようにしてやることです。
特に、一番難しい3つの補数が瞬時に出るようにしてやってください。
頭の中で数えたり指を使って数えたりしなくても、瞬時に出るようにしてやってください。
そのためには、条件反射的に出るようにしてやることです。
2と言ったら8、3と言ったら7、4と言ったら6というようにです。
では、そのために、どのような勉強をしたらいいのでしょうか?
それは、ずばりドリル学習です。
言い換えれば反復練習です。
これが一番です。
これなくして、補数に習熟させることはできません。
でも、残念なことに、どの教科書でもこの「10に対する補数」の扱いは極めて手薄です。
「10をつくりましょう」「10はいくつといくつ」「10づくり」などのタイトルで、ほんの少し扱っているだけです。
その理由は、教科書を作る算数の専門家たちが、補数に習熟することの必要性をあまり感じていないからではないか、と私は思います。
そして、その理由は、その人たちがいつも相手にしている子どもたちがけっこう優秀な子どもたちが多いからだと思います。
教科書を作るひとたちは、ほとんどが大学教授と準教授、教育大学附属小学校の校長と教師、などです。
公立小学校の教師もときどき入っていますが、ほぼ全員東京都内の小学校の教師です。
というわけで、これらの方々は、全国の一般的な小学校1年生の実状をあまり理解していないのではないかと思います。
それで、一般的な小学校1年生を相手にしている教師は、自分でプリントを作ったり増し刷り用のプリントをたくさん印刷したりして子どもたちに反復練習をさせることになります。
たとえば、次のようなプリントです。
みなさんも、同じ物を作って子どもにたくさんやらせるといいでしょう。
10-7=□ 10-5=□ 10-6=□ 10-3=□ など
□=10-4 □=10-2 □=10-8 □=10-3 など
3+□=10 8+□=10 □+4=10 □+1=10 など
10=6+□ 10=3+□ 10=□+2 10=□+4 など
プリントを作るとき、2,3,4の補数を繰り返し出したり、その子の苦手補数をたくさん出したりということも、必要に応じてやってみてください。
タイムを測って記録していけば、挑戦意欲が刺激されてやりがいが出てきます。
自己新記録が出たときは大いに褒めてやってください。
そうすれば、子どもどんどん速くできるようになり、自信も付きます。
また、百玉そろばんという物を家庭用に買えば、子どもは遊びながら補数の練習ができます。
この百玉そろばんは、補数の練習で使えるばかりでなく、数に対する感覚を養い算数の勉強の地頭を鍛えるのに大変役立つ楽勉グッズです。
このことについては、拙著『「楽勉力」で子どもは活きる!』(祥伝社から9月に刊行予定)に詳しく書きましたので、お読みいただければ幸いです。
実物については、私のホームページでも紹介していますので、ぜひ、ご覧ください。
http://www.oyaryoku.jp
また、親子で楽しめる「3人補数ゲーム」をやるのもお勧めです。
これは3人以上でやります。
たとえば、お母さんがが出題者になって、「7!」と言います。
子どもとお父さんが「3!」と答えます。
早く答えた方が1点もらえるというゲームです。
または、「2人補数ゲーム」というのもあります。
これは2人でできます。
たとえば、お母さんが「4!」と言います。
子どもが「6!」と答えます。
でも、そのときお母さんも「6!」と自分で答えていいのです。
ただし、お母さんは、問題を出した後で1回だけ拍手をしてから答えなければなりません。この条件で、どちらが早く答えられるかを競うゲームです。
このような、あの手この手の練習で、子どもを鍛えてやってください。
ぜひ、補数が瞬時に条件反射的に出るようにしてやってください。
できたら、小学校入学前にやっておくといいですね。
小学生で計算が苦手という子がいたら、今からでもぜひやってみてください。
このような基礎から再度踏み固めていくことで、だんだん算数の力が付いていくのです。
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