私は、07年10月28日にNHKのETV特集で放送された「里山保育が子どもを変える」という番組を、とても興味深く見ました。

そして、大いに考えさせられました。
それは、千葉県の木更津社会館保育園の一年間を扱ったドキュメンタリーでした。
この保育園では、園長の宮崎栄樹さんの考えのもと、自然体験や友達関係を大事にした保育が行われています。

見ていると、保育園の庭に水をまいて、パンツ一丁でみんなで泥んこ遊びをする様子が映し出されました。
みんな全身を泥水につけて生き生き遊んでいます。
ある女の子が、顔を泥水につけたかと思うと、その泥水を口に含んでプーッと吹き出しました。

私は、思わず「うわっ」と言いながらも、目が釘付けになりました。
その女の子はにこにこして、本当に楽しそうです。
「気持ちが解放されて、免疫力も高まる」という説明がありましたが、確かにそうだろうと思いました。

また、保育園の中でいろいろな体験をさせるだけでなく、近くの里山にみんなで出かけていって、そこで1年間のうち60日も過ごすとのことです。
木の実を食べたり、焚き火をしたり、お昼の味噌汁に入れる野菜を自分たちで包丁を使って切ったり、里山の川を飛び越えたり、失敗して川に落ちて泣いたり、田植えをしたり、芋を植えたり、収穫した野菜を丸かじりで食べたり・・・。

こういう環境の中で、子どもたちは毎日のびのび遊び、清々した気持ちで過ごし、心を開放していきます。
自然とたっぷり触れ合い、いろいろな体験をし、たくさんの新しい発見をしていきます。
こういう自然体験がたっぷりある生活の中だと、子ども同士の関わりも自然に増えます。
けんかしたり仲直りしたり、競争したり協力したりして、友達体験も豊かになっていきます。

おもしろかったのは、何の食べ物だったか忘れましたが、おいしくて貴重な食べ物をみんなで分け合いながら食べるところです。
分け合うといっても、最初から切って分けるのではありません。
まだ食べてない子の人数を意識しながら、順番でそれを少しずつ食いちぎっていくのです。
そして、みんなが一通り食べてまだ残っていたら、また少しずつ食いちぎっていくのです。
正直、「こんな分け方があるのか!」とびっくりしました。

これなら、切る物がないときや、わざわざ切り分けるのが面倒なときも、自分たちの歯を使って分けることができるというものです。
私は、子どもたちが生み出した知恵の合理性に感心させられました。

ある女の子が川を飛び越えられなくて、川に落ちて泣いてしまいました。
その子はそれで元気がなくなって、みんなで次の遊び場に歩いて行く途中、一人だけ立ち止まってしまいました。
そうしたら心配した友達が戻ってきて、励ましながら何とかその子をみんなのところに連れて行ってくれました。
保育士さんは、それを遠くからずっと見守っていました。

このような豊かな自然体験と友達体験は、子どもの成長のために欠かせないものだと改めて感じさせられました。
そう言うと、すぐに、「そんなこと言っても現代では無理だ」「現実的に無理なことを言っても仕方がない」などという声が聞こえてきそうです。
でも、こんな簡単な一言で片付けられない、大事な問題提起がこの番組にはあります。
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というのも、今の子どもたちに決定的に欠けているのがこの2つだからです。
そして、それが、いじめ、子どもの鬱、燃え尽き症候群、真の意味での学力低下、不登校、引きこもり、家庭内暴力、命の軽視などの諸問題に結びついているからです。

今の子どもたちが遊ぶところといえば、コンクリート団地の階段の隅っこ、ビルの谷間の駐車場、家の横の小さな路地、殺風景で面白い物が何もない公園、冷暖房完備で清潔な部屋などです。

そして、遊ぶことといえば、携帯のピコピコゲームやカードゲームをはじめとする人工物ばかりです。
遊ぶ相手は、ほんの数人の友達で、しかも、ただ一緒にいるというだけでそれぞれが別のことをしているという有り様です。

自然の中で思い切り心を解放して、時間を忘れて遊んだことのある子がどれだけいるでしょうか?
自然の中で五感を全開にさせて、見たこともない虫のおもしろい動きや神秘的な美しさに見とれ、命の不思議を思う。
自然の中にたっぷりある材料で、おもしろい遊びを考えつく。

登れなかった木に「友達のあいつにできて俺にできないはずがない」という気持ちで挑み、見事登れるようになる。
飛び越えられなかった川を友達の応援のおかげで飛び越えられるようになる。
自然の中にたっぷりある材料で友達と協力して秘密基地を作ったり、他の秘密基地と縄張り争いやけんかをしたりする。
こういう体験をしたことのある子が、どれだけいるでしょうか?

自然の中で遊ぶと、子どもたちは「自然に」友達と深く関わるようになります。
ですから、自然体験の機会や場が増えれば友達体験も豊かになるのです。
その中で、友達との付き合い方、自己主張の仕方、妥協の仕方、けんかの仕方、仲直りの仕方、友達の気持ちを思いやる心、協力の大切さなど、人間関係に関する全てを学べるのです。

また、自然の中で遊ぶと、子どもたちは楽しくてやる気満々になり生きる意欲が溢れ出します。
ストレスが発散され、心の中が青空のような状態になります。
五感が刺激され、感性と創造力がどんどん豊かになり、本当の頭の良さが育ちます。

今の子どもたちを取り巻く諸問題の解決に、自然体験は欠かせないと私は思います。
今、日本だけでなく、世界中で同じような問題が起きています。
事は人類規模で進んでいるのです。
子どもがこれほど自然から離れてしまったことは、人類の歴史の中でかつてなかったことです。

自然は人間を支える大地であり土台です。
そこから離れるということは人間の根っこがなくなるということです。
そうなれば、糸が切れた凧のようなものです。

今一番大事なのは根っこを太くして、土台と結びつくことです。
それをしないでおいて、小手先のことばかりいじる対症療法では、根本的な解決はないのです。
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ところが、現状はかなり厳しい状況です。
年々、子どもと自然環境の遊離は進むばかりです。
でも、それに勝るとも劣らない大きな問題があります。
それは、大人の価値観に関することです。

私の近所のある幼稚園で、ある子が雨上がりの砂場でたっぷり遊んで服もたっぷり汚して家に帰ったそうです。
そうしたら、さっそくお母さんから猛烈な抗議が来たそうです。

小学校受験に命をかける親が集まる幼稚園があります。
そこでは、お受験に出ないものは一切やらないと宣言して、それを売りにして親たちにアピールしています。

あるお受験幼児教室では、大きめの椅子に座ったとき足をブラブラさせない練習をするそうです。
「大人の指示を聞けないと合格できない」というのが、お受験幼児教室の共通の指導理念なのだそうです。

小学校の授業で、子どもたちが虫取りをしてしばらく飼いました。
その後、家で飼い続けようということで持ち帰りました。
そうしたら、何人かの子は、すぐお母さんに捨てられてしまいました。

中学受験塾のある先生は、夏休みの前にこう言ったそうです。
「いいか、みんな、6年生の夏休みは一生に一度しかないんだ。ここが受験の関ヶ原だ。ここでがんばって偏差値を上げておけば、一生いいコースを歩けるんだ。蝉取りなんかしてる場合じゃないんだぞ」

私としては、「小学生の時に蝉取りしないで、いつするのか?」と言いたいです。
このように、黄金の子ども時代が一切ないまま、いきなりデスクワーク時代に突入してしまう子が多いわけです。

このように、子どもと自然環境の遊離という物理的な問題があるだけでなく、大人の価値観という問題もあるのです。
この2つの問題により、現状はかなり厳しいと言わざるを得ないのです。

では、この2つの問題に対して、どうしていけばいいのでしょうか?
まず、大人の意識の問題について言えば、私たち大人自身が次のようなことをしっかり認識することが大事だと思います。

1,豊かな自然体験とそれに伴う友達体験は、子どもの健全な成長のために欠かせないものである
2,現状ではこの2つが決定的に欠けており、それが子どもを取り巻く諸問題に結びついている
3,子どもを取り巻く諸問題の解決には、自然体験とそれに伴う友達体験を豊かにすることが欠かせない
4,受験勉強ばかりしていても真の学力と人間力は身に付かない。感性を磨き創造力を豊かにすることで、真の学力と人間力が身に付く。

4つ目について、少し補足します。
小さいときから受験勉強や机上の勉強に精を出し、ペーパーテストの点数や偏差値を上げ、いわゆるいい学校に行き、いい大学に行き、いい会社に就職すること、それが勝ち組のコースだと思っている親がいます。

でも、本当はそうではないのです。
このようにしていい大学を出ていい会社に入った社員が、「言われたことしかできない」「自分でやりたいことを見つけられない」「独創的な発想ができない」「斬新な企画や新しいビジネスを立ち上げられない」「人間関係の調整力がない」などと言われることが多いのです。

子どもの頃から与えられた問題しか解いてこなかったのですから、当たり前と言えば当たり前です。
そういうことは、大人になって突然求められても無理なのです。
そういうことは、子どものころからの自然体験や友達体験が豊かな人の方が得意に決まっているのです。

「そうはいっても、『いわゆる勉強』ができるようにしてやることも必要ではないか?」と言う人も多いと思います。
私も、「全然そういうものは必要ない」などと極論を言うつもりはありません。
要はバランスです。
豊かな自然体験や友達体験をたっぷりさせながら、『いわゆる勉強』をできるようにしてやることもできるのです。

そのために、私がいつも強調しているのが楽勉の大切さです。
今ここで楽勉のことを詳しく書くことはできませんが、一言で言えば、楽勉とは生活や遊びの中で知的に鍛えることです。
詳しくは、拙著『「楽勉力」で子どもは活きる!』をお読みいただければと思います。

楽勉に心がけることで、楽しみながら無理なく子どもの知的好奇心を刺激し、勉強好きにしてやることができるのです。
そして、そういう子は、机上の勉強にも楽しく取り組むことができるのです。

このようなわけで、私は、子どもたちには自然体験と友達体験と楽勉の3つが必要だと思うのです。
これを式にするとこうなります。
黄金の子ども時代=自然体験+友達体験+楽勉

さて、ここまで、大人の意識に関することを考えてきました。
次に、子どもと自然環境の遊離をどうすればいいか考えていきたいと思います。

1,木更津社会館保育園のような取り組みを増やす

もちろん、そう簡単なことではないかも知れません。
また、この保育園が環境的に恵まれている方だということはあると思います。
でも、1つの保育園がここまでやれているのですから、他のところでもできないことはないのです。
保育園、幼稚園、学校など、いろいろなところがそれぞれの条件に応じて取り組んでいく必要があるのです。

最初から「ここでは無理だから・・・」と言っていたのでは、一歩も進めません。
そのためには、もちろん、保護者や地域住民の協力も欠かせないところです。

2,全員が参加できる山村留学、自然教室、サマースクールを増やす

俳優の柳葉敏郎さんは、わが子を自然環境豊かなところで育てるために、実家のある秋田県に引っ越したそうです。
柳葉さんは親として子育てについて真剣に考えたのでしょう。
仕事のことを考えれば、東京にいた方がいいに決まっています。
それでも、わが子のために秋田県に引っ越したのです。

たぶん、彼は、私がここまで書いてきたのと同じ問題意識を強烈に持っていたのだと思います。
それで、親としてとても大きな決断をしたのでしょう。

でも、親の誰もがそのようなことができるわけではありません。
何と言っても経済的な問題がありますから。
そこで、私は、山村留学、自然教室、サマースクールなどを学校単位で行う機会を増やすといいと思います。

民間企業の主催によるものも増えてきましたが、それだと、親の経済力によって参加できるかどうかが決まってしまいます。
ですから、全ての子が参加できるようなやり方が必要なのです。

3,地域の中の自然環境を豊かにする

子どもをはじめとする全ての住民が、日々の生活の中で今よりもっと自然環境に親しめるようにすることが必要です。
大きな話になりますが、これは今後の方向性としてどうしても言っておかなければなりません。

公園1つとっても、やるべきことは山ほどあります。
もっともっと自然環境が豊かな公園を増やして欲しいと思います。
今の公園の貧弱さは目を覆うばかりです。
それに、街路樹、またはマンションやアパートの敷地内樹木など、都市部の樹木整備があまりにも貧弱です。

予算がないという一言で片付けて欲しくないと思います。
国によっては非常に整備されているところもあるのですから。
みなさんも、そういうところで子どもや大人が楽しそうに遊んでいる映像を目にしたことがあると思います。

4,下水道完備、森林保全、里山保全、水田保全・・・そして、地球規模の環境問題へ

できるだけ早く下水道を完備して、昔のようなきれいな河川を取り戻す必要があります。
また、コンクリートで塗り固めるだけでなく、水生生物が住める河川をつくっていくことも必要です。

今、あちらこちらで荒れ放題の森林や里山をなんとか保全しようという動きが始まっているそうです。
さらに、これから必要になってくるのが休耕田や棄田の保全だと言われています。

さらに進めば、話はどんどん大きくなります。
当然のことながら、地球規模の環境問題というテーマに突き当たるわけです。
つまり、日々メディアで言われている地球規模の環境問題は、目の前の子育てと分かち難く繋がっているということです。

大きな話になってしまいましたが、実際それだけ私たち地球上の人類は1つの共同体なのです。
宇宙船地球号の乗組員同士なのです。

5,自分にできることから始める。身の回りのエコ活動を実践する

話が膨らんだ後は、「では、目指すべき方向に行くために、自分は実際に何をすべきか?」ということになります。
ここで私が書いたようなことを友達に話したり、メルマガやブログに書いたりするのも1つの活動です。

また、身の回りのエコ活動でも、やれることがたくさんあります。
電気のスイッチをこまめに切ることや家のゴミをしっかり分別することから始まって、リサイクル、ソーラー発電、植林ボランティアなどなど、自分にできることをやっていこうではありませんか。

月並みな言い方ですが、自分のいるところから、自分にできることから始めることが大切だと思います。
それでないと、大きなことを考えたり言ったりしても空しいだけですし、そもそもその資格もないわけです。

本当に、地球温暖化など、今の環境問題は差し迫ったものになっています。
それは、ただのかけ声やスローガンのレベルを超えて、実際に私たちが真剣に取り組むべき緊急の課題になっているのです。

そして、親のそのような姿勢は子どもにも伝わります。
それは、ただ環境問題に関心を持たせるということに留まりません。
そこで伝わるのは、自己中心的でなく、環境全体を視野に入れ、他者との共生を考えながら生きていくという姿勢そのものなのです。

初出「エデュメリー」(バンタンデザイン研究所)2006年~2007年

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