「子どもがスポーツをやりすぎて足首を痛めた」とか、「無理に試合に出て肘関節を痛めた」などという話を聞くことがあります。

手術や長期の治療が必要になることもあるようです。

また、子どもの頃1つのスポーツをやりすぎて燃え尽き状態になり、大人になってからそれに見向きもしなくなったという話を聞いたこともあります。

今、私は「やりすぎで・・・」と言いましたが、「やりすぎ」であると以上に「やらせすぎ」でもあるのです。
やらせるのは、もちろん大人です。
つまり、親、監督、コーチたちです。

そもそも、そのスポーツを始めたのは、子どもの心身の健康的な発育のためだったはずです。
でも、いつの間にか手段が目的になってしまっているのです。
そのスポーツ自体が目的になってしまって、心身の健康的な発育ということが忘れ去られてしまっているのです。

これは、人生のいろいろな場面でよくあることです。
例えば、ある人は、仕事のストレスを解消するためにゴルフを始めました。
最初は楽しくやれて、ストレス解消に役立っていました。
そのうち、ゴルフ仲間で親睦会を作ることになり、会長を引き受けることにしました。
会員の数が増えるに連れ、人間関係の調整で悩むようになりました。

そのうちに、会社の部下の1人がゴルフを始めてどんどんうまくなりました。
後から始めたその部下に追い抜かれ、悔しくてますますがんばって、それでもうまくならないのでイライラがたまってきました。
このごろは、ゴルフが一番のストレスの原因になってしまいました。

また、ある専業主婦は自分や家族の生活を豊かにするためにお金が必要でした。
それで、スーパーマーケットで働くことにしました。
でも、いつの間にか、スーパーマーケットの主任の座を目指して、ライバルとしのぎを削るようになりました。
残業残業でほとんど家にいなくなってしまい、子どもも放って置かれるようになりました。

同じことは、子どもの中学受験という場面でもよく見られます。
もともと子どもの幸せのためということで受験を選んだはずです。
でも、いつの間にかその学校に入ることが自己目的化してしまっているケースがとても多いのです。
それを人生の絶対的な目標として作り上げてしまい、ほとんど正常な判断ができない状態になっている親子もいます。
その学校に合格するのが全てであり、他のものが一切目に入らないという状態です。

こうなってしまうと、合格できなかったときには大変なことになります。
希望の中学に行けなかった落胆が必要以上に大きくなり、大きな挫折感を感じてしまう子もいます。
やむなく希望以外の中学に進学した後も、まったくやる気がない状態になってしまう子もいます。
中学進学の喜びなど全く感じることができずに、心楽しまないまま3年間を過ごしてしまう子います。
これでは、せっかくの中学時代があまりにももったいないと思います。

このようなことはとてもよく起こります。
親自身の人生においても、子育てにおいても、よく起こります。
というよりも、人間が何かを始めると必ずこうなると言っていいほどです。
それはなぜでしょうか?

理由の1つは、人間に向上心と欲があるからです。
もう1つは、人間が物事を大局的に見ることが苦手で、視野狭窄になってしまいがちだからです。

まず、向上心があるゆえに、「もっとうまくなりたい」「もっと上に行きたい」という気持ちが強くなります。
もちろん、それはとても大切なことでもあります。
それがなければ向上はないとも言えます。

でも、いつの間にかそればかりが関心事になり、もともと何のためにそれを始めたのか忘れてしまいます。
これが視野狭窄の状態で、一度こうなると大局的なところから客観的に判断することができなくなってしまうのです。

よく、私たちは、窓から紛れ込んだ虫が再び外に出ようと窓に何度でもぶつかる様子を見ることがあります。
ほんの少し遠くから離れて見る目があれば、そのすぐ近くに開いた窓があることが分かります。
でも、目の前にある窓を突き破ろうとして、虫はひたすらぶつかっていきます。
外へ出るという目的のために、別の窓があるのに気が付かないのです。
その窓を突き破ること自体が目的になってしまっているかのようです。
私たちはそういう虫を見て笑っていますが、全く同じことをしていることを忘れてはいけません。

ゴルフを始めれば、ゴルフがうまくなりたいと思います。
そのうち、ゴルフを始めたのはストレス解消だったことを忘れてしまいます。
スーパーマーケットで働き始めれば、もっといい給料とポジションが欲しくなります。
そのうち、家族のために働き始めたことを忘れてしまいます。

このような親自身の身に起きることが、子育てでもおきます。
子どもの受験、スポーツ、習い事、その他の諸々の子育ての場面でも、全く同じことが起こるのです。
しかも、子育ての場面では「子どものためだから」という大義名分が付くので、余計に暴走してしまうことが多いのです。

そこで、私は、親が大局的な観点から判断することの大切さを強調したいのです。
それは、子どもの人生を長い目で見て判断することです。
それは、何が本当に子どものためになるのかを冷静に判断することです。
それは、そもそも何のためにそうするのかと根本に立ち返って判断することです。
視野狭窄的で近視眼的な観点から離れて、今の状況を大局的に見ることが絶対に必要です。

その上で、子どものためにならないことはやめたり方向転換したりする勇気が必要になることもあります。
受験でも、スポーツでも、習い事、その他の諸々の子育ての場面で、必ずそういう判断が必要になるときがあるのです。

大人である親の方が大局的な判断はできるはずなのです。
でも、ときには、子どもが本能でその必要性を判断していても、大人が視野狭窄で許さないこともあります。
よくよく気を付けていて欲しいものです。

初出「エデュメリー」(バンタンデザイン研究所)2006年~2007年

親野智可等のメルマガ
親野智可等の本
遊びながら楽しく勉強
親野智可等の講演
取材、執筆、お仕事のご依頼
親野智可等のお薦め
親野智可等のHP