どうしたら、わが子を勉強好きにすることができるのか?
どうしたら、わが子の学力を伸ばしてやることができるのか?

これは多くの親にとって一番関心のあるテーマです。
私も、講演会などでよく質問されます。

そこで、私は、その1つの方法としていつも本物体験の大切さを強調しています。
例えば、天体観望会で冥王星や土星を見るとか、博物館で火炎土器を見るとか、実際に百人一首をやって遊ぶとか、買い物のとき547円のお金を自分で支払うなどです。

でも、こういう話を聞いても、どうもぴんと来ない人たちも多いようです。
その話が終わった後、すぐにもう一度「テストでいい点を取れるようにするには、どうしたらいいですか?」と改めて聞かれたこともあります。
つまり、そう聞いた人は、本物体験ではテストの点数をよくすることはできないと感じているわけです。

そして、ほとんどの人たちは、勉強とは机に向かって教科書、ノート、参考書、問題集などを使って行うものだと思っています。
「本物体験も少しは役に立ちそうだけど、メインのものであるはずがない」
「もっと学力向上に直結する勉強法を知りたい」
「机に向って勉強しない子も勉強するようになる方法を教えて欲しい」
そう思っている人がほとんどのようなのです。

でも、急がば回れのことわざ通り、一見遠回りの道が最も近道だというのはここでも真実なのです。
例えば、ある子が天体観望会に行って大きな望遠鏡で冥王星や土星を見て感動したとします。
冥王星の不思議な雰囲気や土星の宝石のような美しさに、大いに心を動かされたとします。
その子は、その後、テレビや新聞で報道される冥王星が惑星から準惑星になったとか、土星で新しい衛星が見つかったなどという話題にかなり敏感になるはずです。
普通の子は聞き流してしまうような情報が、その子の頭にはちゃんと引っかかるようになります。

冥王星や土星のニュースに関連してよく出てくる、ハッブル宇宙望遠鏡という言葉も引っかかるようになります。
そのうち、ハッブル宇宙望遠鏡が二千個の銀河を発見したとか、超新星爆発を撮影したなどというニュースも引っかかるようになります。
そして、引っかかった情報がだんだんたまってちょっとした山のようになっていきます。
喩えて言えば、流れる川に杭を立てればそこにいろいろなものがたまるようなものです。
ですから、私は、これを知識の杭と呼んでいます。

その内、学習漫画で「宇宙の秘密」とか「惑星の謎」などという本を読むようになります。
その内、書店や図書館で「子ども百科事典・宇宙」とか「科学図鑑・惑星」などという本が目に留まって読むようになります。
そのような本を読むことで、自分の中にたまっていた情報が整理されて体系的な知識になっていきます。

その内、中学校の理科で「太陽系と惑星」の勉強をやります。
そのとき、その子は、それまでの情報や知識にさらに新たな光を当てて、もっと体系的に、つまり学問的に理解することができるようになります。
その授業がその子にとってとても楽しい時間になることは間違いありません。
その子は、勉強って面白いなあと心から感じます。
その子は、学問の快楽を味わうのです。

それらが一切ないところに、教室で初めて「太陽系と惑星」の勉強をしたとしたらどうでしょうか?
そのとき、その勉強にどれだけ面白さを感じることができるのでしょうか?
もしかしたら、心の中でこう感じるかもしれません。
恒星と惑星と衛星の違いなんて、どこがおもしろいの?
関係ないし、どっちでもいいよ。
惑星の勉強なんてなぜ必要なの?

毎日の生活は流れる川のようなものです。
いろいろな情報や知識が私たちの前に流れてきて、そして流れ去っていきます。
そこに冥王星と土星という杭を立て、続いてハッブル宇宙望遠鏡という杭を立て、惑星という杭を立て、というようにしてどんどんいろいろな杭を増やしていける子は幸いです。
そのきっかけとして一番いいのは、冥王星や土星を見るという本物体験です。
つまり、知識の杭を立てるのに本物体験ほどいいものはないのです。
冥王星や土星の写真や映像を見ることの、何十倍も効果があるのです。
ここがとても大事なところです。
楽勉の中でも一番インパクトがあるのが本物体験なのです。

文章や写真や映像は、しょせん加工された二次情報です。
それに対して、本物体験は一次情報です。
そこには、オリジナルな発見と大きな感動が必ずあるのです。
それが印象に残る度合いは加工された二次情報の比ではありません。

教科書で冥王星や土星の写真を見ても、オリジナルな発見も大した感動もありません。
でも、望遠鏡を通して、冥王星や土星の今現在の姿をリアルタイムで見たらどうでしょう?
そこには必ず自分自身の発見があり、大きな感動があるのです。
それが強い印象になって心に深く刻み込まれ、その後は、それに関することに無関心でいることの方が難しくなるのです。

もちろん、二次情報にまったく価値がないとは言いません。
良質な二次情報によって、知識の杭を立てることもできます。
実際には、全てにおいて本物体験することはできないので、良質な二次情報にたくさん触れる楽勉ももちろん大切です。
でも、本物体験の一次情報には敵わないというのもまた事実なのです。

ですから、一番いいのは本物体験による一次情報で、その次が良質な二次情報です。
これらによって知識の杭をたくさん持っている子は、必ず勉強が好きになります。
そうなれば、自分から進んで勉強するようになります。
しかも、学生のときだけでなく、一生涯に渡って自分から進んでいろいろな勉強をするようになるのです。
これが勉強を好きにさせる王道です。

知識の杭がほとんどない子が、「机に向かって勉強しなさい」とか「ちゃんと教科書を読んで勉強しなさい」と言われても、そうそうやる気になどなるはずがありません。
そういうわが子を見て、親は「なんでこの子は勉強しないんだろう?」「どうしたら勉強するようになるんだろう?」「テストでいい点を取るにはどうしたらいいのか?」と考えるようになります。

このとき、多くの親は手っ取り早い効果を求めて小手先の手段に出ます。
よくあるのが、テストで100点取ったら100円あげるという方法です。
つまり、馬の目の前にニンジンをぶら下げるのと同じです。
でも、このような小手先のことではいい効果を上げることはできません。
このようなやり方では、勉強自体の面白さを味わわせてやることは決してできません。
本当に勉強を好きにさせてやることはできないのです。

そればかりか、ニンジンで釣るのは長い目で見て百害あって一利なしです。
まず誰かにニンジンを用意してもらわなければ、勉強しないようになります。
でも、誰がその子にずっとニンジンを用意できるのでしょうか?
誰もニンジンを用意してくれないとき、その子はどうなるのでしょうか?

それに、このようなことを続けていると、それが習い性になります。
つまり、勉強以外でも嫌なことはニンジンがないとやらないということになりやすいのです。
実際に、私は、「○○したら何くれる?」というのが口癖になっている子を何人か受け持ったことがあります。

それに、もし人生において勉強自体の楽しさを知ることなくずっと過ごすということになれば、これほど寂しいことはありません。
なぜなら、勉強ほど楽しいことはないからです。

ということで、私は、密かに疑っています。
「テストで100点取ったら100円あげる」という方法を取る人は、自分自身がその楽しさを味わったことがないのではないかと。

何事においてもそうですが、特に学力向上という長期的な取り組みが必要なものにおいては、王道を行くことがとても大事です。
勉強や学力というものの本質に立ち返り、その王道を進むことが大事です。
つまり、勉強の面白さを知って、自分の内発的動機付けで勉強できるようにしてやることです。
親は、この根本的なところでこそ努力するべきです。
手っ取り早い小手先の手段は通用しないのです。
親は、まずそのことに気づくべきです。
10年間王道を歩んだ場合と、10年間小手先のあれこれに終始した場合とでは、大きな違いが出てきます。

ところで、先ほど、私は、次のように言いました。
「このような知識の杭をたくさん持っている子は、必ず勉強が好きになります。
そうなれば、自分から進んで勉強するようになります。
しかも、学生のときだけでなく、一生涯に渡って自分から進んでいろいろな勉強をするようになるのです。
これが勉強を好きにさせる王道です。」

私は、このような自分の知識の杭をもとに勉強することが本当に大切だと思います。
もちろん、こういう知識の杭がなくても、まじめで勤勉な子は勉強するかも知れません。
親に言われたことを素直に受け入れる子や親を喜ばせたい子も、勉強するかも知れません。
教科書や問題集を使い、机に向かっていわゆる「勉強」をするでしょう。
それでいい成績を取り、いい学校に行き、いい会社に入るかも知れません。

でも、はっきり言って、そういう勉強ばかりしてきた人は面白味に欠けることもあるのです。
なぜかというと、教科書や問題集に出てくる種類の知識は十分すぎるほど身につけているけど、知識の種類に個性がないからです。
つまり、知識が一般的でオーソドックスで平均的なのです。

知識の杭をもとに勉強してきた人の知識は、それと少し違います。
自分の興味と関心に応じて深めてきたので、知識の種類に個性があるのです。
教科書や問題集に出てこない種類の知識や、人が知らないことを知っています。
それは偏りがあるということなのですが、それが個性であり面白みでもあるのです。
そういう人が雑誌の編集者になると、他社がやらない面白い雑誌の企画をどんどん出します。
そういう人が研究者になると、他の人が研究しない未開の地平を切り開きます。
そういう人がビジネスマンになると、新しいビジネスを立ち上げます。
そういう人たちは、誰かに「やれ」と言われなくても、自分でやりたいことを見つけて面白がってやるのです。

教科書や問題集ばかりで勉強してきた人には、これがありません。
確かに、上司に言われたことは手際よくこなしますし、毎日の決まり切った業務は確実にできます。
でも、面白い雑誌の企画は出せないし、未開の地平を切り開く研究はできないし、新しいビジネスを立ち上げることもできないのです。

これに関して、先日ETV特集でご一緒した人事コンサルタントの城繁幸さんが、こう言ってらっしゃいました。
今、企業は、自分でビジネスを立ち上げられる人を心の底から欲しがっている。 
でも、偏差値トップレベルの大学を出てきた人でも、なかなかいない。
国立大学はとても少ない。
それができる人は幹部候補なのだが、そういう人は途中で辞めて起業する。

この話を聞きながら、私は、偏差値トップレベルの大学だから少ないのかも知れない、とちらっと思いました。

人と違ったことができる人は、その成長過程においてもそうであったはずです。
その成長過程において、20年近くも親が敷いた線路の上を進むことだけしかしなかった人が、社会人になって急に変身することなどあり得ません。
教科書や問題集だけで勉強してきた人、勉強と言えば受験勉強しか知らない人、親が進めと言った道しか進んでこなかった人、そういう人が急に変身することはないのです。

自分の興味と関心に応じて知識を深め、自分の進みたい道を進んできた人、そういう人が大きな花を開かせるのです。
そういう人は、一生自分の内発的動機付けで学び続けます。
やるべきことを誰かに指示してもらったり、にんじんを用意してもらったりする必要はまったくありません。
いつもやりたいことがいっぱいあって、若々しくて生き生きしています。
自分が何をやったらいいか分からない、などということはあり得ません。

そういう人は、年を追うごとに学力(または、実力)が高くなります。
そういう人の学力は、20代で止まりません。
40代、50代、60代、70代、80代・・・
どんどん学力が伸び続けます。
こういう人を、私は、「生涯学力」が高い人と呼びたいと思います。
学力とは、子どものときだけのものではないのです。
でも、生涯学力を高めるための基礎は、子どものときにあるのです。
ぜひ、わが子の生涯学力を高めるための基礎を作ってやってください。

初出「エデュメリー」(バンタンデザイン研究所)2006年~2007年

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