先日、07年の1月4日に朝日新聞全国版で、親野智可等が紹介されました。
記事に本名も書いてあったので、それを読んだ高校時代の同級生が電話をくれました。
なんと、30年ぶりの会話です。

30年ぶりでも、ついちょっと前まで会っていたように話が通じることに感動しました。
とても楽しいひとときでした。

そして、次の日、私のホームページを見た感想をメールで送ってくれました。
ここからすごく手前味噌な話になりますが、次のように書いてありました。
「若いねえ~。この田舎の48歳はもっと老けたおっさんばっかりだけどね~、杉山君はホント、若いわぁ~。」
これまた、とてもうれしくて、正月早々いいことばかりといった感じです。

実は、よくみんなに「若い」と言われます。
本当です。
そして、これまた手前味噌ですが、学校の先生たちは一般的に若々しい感じがします。
さらに、そのまた上を行くのが幼稚園や保育園の先生たちです。
幼稚園や保育園の先生たちは、はっきりいって年齢不詳の人が多いです。

以前、幼稚園や保育園の先生たちと新1年生の子どもたちについて引き継ぎをしたことがありました。
その会合で、私は、30代前半に見えた先生に「主任さんはどの方ですか?」と聞きました。
そしたら、「私です」と言われて驚きました。
さらに、その人が、自分には高校3年生の息子がいると言ったときには「うそっ」と言いそうになってしまいました。

実は、その人は43才だったのです。
幼稚園や保育園の先生たちの若さというのは、化粧して若く見せているのではなく、表情や全体の雰囲気が若いのです。
そして、一番感じるのはエネルギー自体の若々しさです。

ところで、幼稚園や保育園や学校の先生たちが若々しい理由は、ずっと子どもたちに囲まれて生活しているからです。
これは間違いないと思います。
それを森林浴に喩えて、児童浴とか子ども浴などと呼ぶ人もいます。

みなさんも経験があると思いますが、森林でたくさんの木々に囲まれていると、疲れていた体も心も元気になります。
不思議なくらいリフレッシュしてさわやかな気持ちになります。

その理由の1つは、木々が放出するフィトンチッドという物質にあると言われています。
材木や檜のお風呂からしてくる木のあのいい香りの成分が、つまりフィトンチッドです。
この物質が、人間の自律神経の安定やストレスの解消などに効果があるのだそうです。

ということは、もしかしたら、子どもたちも何か未知の物質を放出しているのかも知れません。
これは、大いにあり得ることです。
私は、絶対に何かあると思います。
その証拠は、子どもたちには独特の臭いがあるということです。
幼稚園や保育園の子と小学校の子では少し臭いが違うように思いますが、とにかく、子どもの臭いというものがあるのです。

今はまだその物質は見つかっていませんが、そのうち見つかるかも知れません。
フィトンチッドも見つかったのはつい最近のことですから、それまでは未知の物質だったのです。
子どもの放出する物質もまだ見つかっていないだけのことで、きっとあるはずです。

というわけで、私は勝手にそれを予言しておきます。
予言したついでに名前まで付けておきたいと思います。
「キッズゲン」というのはどうでしょうか?
「ゲン」は元気の「ゲン」であり、源泉の「ゲン」でもあります。

フィトンチッドは、様々な製品に取り入れられて生活をリフレッシュするために使われています。
フィトンチッド入りの枕、芳香剤、消臭剤、空気清浄機などいろいろあります。
もしかしたら、キッズゲンも人間を若々しくするために使われるようになるかも知れません。

ところで、私は、森林浴や子ども浴で元気になる理由を物質の観点から書いてきましたが、もちろんそれだけではないはずです。
たとえば、森林浴にしても、気持ちのいい緑を見る効果とか、森林の中の気温の効果とか、生い茂る植物からエネルギーを感じ取る効果とか、フィトンチッド以外の要素もたくさんあるわけです。

そして、子ども浴の場合はそれ以上にキッズゲン以外の要素がたくさんあると思うのです。
さらに、子ども浴の場合は、受ける側の心の姿勢も大きく関係していると思います。
つまり、うまく子ども浴をして子どもからエネルギーをたくさんもらうにはコツが必要なのです。

絶対に必要なのは、子どもとの生活を楽しむことです。
これが最大のコツであり、同時に最も難しいことでもあります。
そのために、大事なのは子どもを変えようとか、子どもをよくしてやろうなどと思いすぎないことです。
言い換えれば、ありのままの子どもを受け入れることです。

ここを直してやろう、今のうちに直してやろう、○○ができるようにしてやろう・・・
片付けができるようにしなければ、マイペースすぎるのを直してやらなければ、挨拶ができるようにしてやろう・・・
こういう思いが強すぎると、できない点が目について叱ることが多くなるだけです。
こうなってくると、子どもとの生活を楽しむなどということは絶対にできません。

私がいつも言っているように、子どもができるように親が合理的な工夫をしてやることが大切です。
それが子どもをできるようにするコツです。
でも、それでもなかなか子どもは変われないことが多いのです。
そういうときは、それにはもう目をつぶって、もっと別の、子どものいいところを大いに伸ばすようにするのです。

こういう姿勢が本当に大事です。
子どもができないことに目をつぶれる親だけが、子どもとの生活を楽しみつつ幸せな親子関係を築くことができるのです。
子どもができないことに目をつぶれる親だけが、子どもからエネルギーをたくさんもらい、子ども浴の恩恵にあずかることができるのです。

ありのままの子どもを受け入れて、次のような決意をしてください。
「子どもとの生活を楽しもう。子どもと楽しく付き合おう。子どもの面白いところを見つけよう。子どもをネタにして笑っちゃおう。子どもを楽しもう。子どものエネルギーを楽しもう。子どもからエネルギーをもらおう」

ひとたびこう決意すると、子どもほど面白くて興味深いものはないと気が付きます。
子どもは、大人などよりよっぽどすごいということに気が付きます。

子どもたちは、全く驚くべき人たちです。
私も子どもたちとの生活を楽しみ、たくさんのエネルギーをもらってきました。

あるときは、私とおしゃべりしながら意味もなく両足でピョンピョン飛び跳ねる子どもに感心しました。
なぜ、子どもは両足でジャンプしながら話すのでしょうか?
子どもは生きるエネルギーが有り余っているに違いありません。
それで、ただおしゃべりしているだけでも楽しくてしょうがないのです。
だから、ついつい意味もなくピョンピョン飛び跳ねてしまうのです。

そんなことを考えていたら、子どもってかわいいなって思えてきました。
私も一緒にピョンピョン飛び跳ねてみたら、すぐにはあはあしてしまいました。
でも、子どもとピョンピョン飛び跳ねることは、けっこう楽しかったです。
生きることはそれ自体で本来楽しいことなんじゃないかと、そのとき感じました。

あるときは、絵本を読み聞かせていて、子どもたちの素直な反応にとてもうれしくなりました。
絵本の新しいページをめくる度に、わっと驚いて声を挙げる子どもたち。
そして食い入るように、目を皿のようにして絵本に見入るその姿。
初めての面白い話に我を忘れて没入している子どもたちの姿も、本当に生きる喜びに溢れています。
その姿を見ていて、私はとてもうれしくなり、胸の辺りがほかほかしてきました。

急に寒くなったある冬の朝、ある子が集団登校の集合場所でその年の初氷を見つけました。その子は、それを手に持ってわざわざ教室まで持って来ました。
冷たい冷たいと言いながら、手袋もしていない手で持って来たのです。
大人なら、そんなことは絶対にしません。

でも、その子にはその年の初めての氷は、わざわざ教室まで持ってきてみんなに見せるだけ価値のあるものだったのです。
その少し汚い氷を友達に分けたり自分でかじったりして、その子はとてもうれしそうでした。
ほっぺたも真っ赤でした。
「これが子どもなんだな。子どもってわけもなくすごいな」と私は感動しました。
なんだか、大人の方がつまらない存在に思えてきたものです。

私は、こういう子どもたちに本当にたくさんのエネルギーをもらってきました。
みなさんも、せっかく子どもの近くにいるのですから、子ども浴の恩恵にあずかってください。
そのコツは、子どものありのままを受け入れて子どもを楽しむことです。

初出「エデュメリー」(バンタンデザイン研究所)2006年~2007年

親野智可等のメルマガ
親野智可等の本
遊びながら楽しく勉強
親野智可等の講演
取材、執筆、お仕事のご依頼
親野智可等のお薦め
親野智可等のHP