ある小学校でこういうことがありました。
修学旅行に行くときに、インスタントカメラは持って行っていいことになっていました。
ところが、ある子がインスタントカメラではない本物のカメラを持って行きました。

そして、旅行先でわいわいやりながら友達同士で写真を撮り合っていたとき、他の子に押されてその子はカメラを落としてしまいました。
カメラは壊れて使い物にならなくなってしまいました。

ところが、なんと、帰ってきた子どもからそれを聞いた親が学校と相手の子の親に猛抗議したのです。
その言い分が驚くべきものでした。

学校に対しては、「子どもたちが落ち着いた状態で過ごしていれば、ぶつかられてカメラを落とすことはなかった」と言ったのです。
相手の親に対しては、「その子の落ち着きのない不注意な行動のせいでカメラを落としてしまったのだ」と言ったのです。

また、ある小学校ではこういうことがありました。
遠足の時、ある男の子のお母さんがお弁当を作り忘れてしまいました。
それで、その子はお昼に食べるものが何もありませんでした。

見かねた何人かの友達と先生が、少しずつ分けてやろうとしました。
そしたら、その子が突然暴れだし、周りの子たちに水筒や弁当を投げつけてみんなの昼食を台無しにしてしまいました。
悲しさと恥ずかしさの入り交じった複雑な気持ちだったのでしょう。

ところが、なんと、その話を聞いたその子の親が学校にこう言ってきたそうです。
「けんかをさせたばかりか、止められなかった担任がいけない」
「こんな教師がうちの子の担任だなんて怖い」
「教育委員会にも言う!」

また、ある中学校でこういうことがありました。
ある男子生徒が、授業中に先生に無断で早退しました。
要するに、勝手に学校を抜け出したわけです。
そして、ゲームセンターに遊びに行き、そこで補導されました。

学校側は、その子がこのようなことをしたのは初めてだったこともあり、注意だけで済ませようとしました。
ところが、なんと、その子の親が学校にねじ込んで来て担任と校長に猛抗議したそうです。
「無断で早退ができてしまうような監視の甘い学校がいけない!!」

これらは、全て実話です。
1つ目の話について、みなさんはどう思いますか?
そもそも子どもが落とす可能性があるから、インスタントカメラと言っているのです。
それなのに本物のカメラを持たせてしまったところに、問題があるのです。
でも、そのことには一切触れず、学校と相手の子に全ての責任を転嫁してしまっています。

2つ目も、自分がお弁当を作り忘れたことには一切触れず、これまた学校と担任に全ての責任を転嫁してしまっています。

3つ目も、学校を無断で早退するような子に育てたのは誰なのかということには一切触れず、これまた学校と担任に全ての責任を転嫁してしまっています。
もちろん、生徒が抜け出せるような状態になっているという点では、学校にも責任があります。
でも、この親が自分の責任を一切棚に上げて、全てを学校のせいにすることはできないはずです。

私は、このような人は、何ごとにおいてもこうなのだと思います。
このような人は、人生のあらゆる場面で、責任を他人に転嫁してしまうのだと思います。
仕事がうまくいかないときは、上司や同僚や部下のせいにします。
夫婦関係がうまくいかないときは、相手のせいにします。
子どもの学力が伸びないときは、先生や子どものせいにします。

子どもには、口で「なんでもっと勉強しないの?」「もっとしっかり勉強しなさい」と言うだけです。
自然に勉強が好きになるような環境を整えてやろうとか、もっと上手にほめてやる気を持たせようとか、もっと生活の中で知的に鍛えようなどということは、考えつきもしません。
せいぜい、もっといい塾に入れなければとか、もっと先生にしっかり教えてもらわなければなどということしか考えつきません。

心の働き方にも習慣があるのです。
責任転嫁が心の習慣になっている人は、全てにおいてそうなっています。
これでは、人生の成功と幸せをつかむことはできません。
なぜなら、自分の責任でなんとかしようという気がないと、工夫も努力もしなくなってしまうからです。
ところが、この工夫と努力こそが人生の成功と幸せをつかむこつなのです。

もちろん、子どもの学力が伸びないときは、先生にも子どもにも責任があります。
でも、親が先生と子どもに責任転嫁しても仕方がないのです。
責任転嫁している限り、親としての成長はあり得ません。
自分で責任を引き受けることで、親としての成長が可能になるのです。

これは、どの立場においても言えることです。
学校が責任を引き受けるとき、学校としての発展が可能になります。
先生が責任を引き受けるとき、先生としての成長が可能になります。
子どもが責任を引き受けるとき、一人の人間として大きく成長します。

でも、ここで誤解して欲しくないことがあります。
親は学校や先生に指導の改善や充実を求めるべきでない、と言っているわけではありません。
世の中や社会や地域に子育てや教育への支援を求めるべきでない、と言っているわけではありません。
実は、それらをしていくのも、子を持つ親の責任の1つだと私は考えています。

先ほどの3つ目の例で、ある親が「無断で早退ができてしまうような監視の甘い学校がいけない!!」と言っています。
これは、責任転嫁です。
でも、別の親が全く同じ要求を親の責任を果たすためにするかもしれません。
同じことをするにしても、責任転嫁のためにするのと責任を果たすためにするのとでは大違いです。
その違いを自覚して行動することが大切だと思います。
自分の行動がどちらのものかは、誰よりも自分自身が一番よく分かるはずです。

初出「エデュメリー」(バンタンデザイン研究所)2006年~2007年

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