一週間くらい前にテレビで見たある映像が、未だに私の頭から離れません。
それは、ある乳児院での赤ちゃんたちの様子を映したものでした。

親から見捨てられたり、親が育てられなくて預けられたりした赤ちゃんたちの様子が何人も映し出されていたのです。

ある赤ちゃんを保育士さんが一生懸命あやしたり、なでたりさすったり、笑いかけたり話しかけたりしていました。
けれども、その赤ちゃんはちっとも反応しません。
反応しないだけではなく、その赤ちゃんは人と絶対に目を合わさないのです。

保育士さんがにこにこしながらその赤ちゃんを見ても、目を合わしてくれません。
目を合わさないというより、目を背けるという感じで別の方を見てしまうのです。
その様子は、完全に相手とのコミュニケーションを拒否しているという感じでした。
誰に対しても同じだそうです。

絶対に泣かないという赤ちゃんもいました。
泣かないだけでなく、笑いもしません。
そもそも声を出そうとしないのです。

この子たちは、みんな生まれて1年も経たない赤ちゃんたちなのですが、普通の赤ちゃんたちとは明らかに違います。
生まれてからずっと親に無視(ネグレクト)されてきた結果、このような状態になってしまったのです。

親に話しかけられたこともない、笑いかけられたこともない、だっこしてもらったこともない、あやされたこともない、なでたりさすったりしてもらったこともないという赤ちゃんたちなのです。
たとえ自分が泣いて何かを求めても、何もしてもらえなかった赤ちゃんたちなのです。

その結果、泣いても無駄だと分かって一切泣かなくなってしまったのです。
そして、完全に心を閉ざして、人とのコミュニケーションを全て拒否するようになってしまったのです。
今、このような乳幼児が急増しているそうです。

今まで、赤ちゃんが泣いたり笑ったりするのは当たり前のことだとみんな思っていたはずです。
それは、誰かに教わるようなことではなく、人間なら誰でも本能的にそうするものだと思っていたはずです。

でも、実は、そうではなく、泣いたり笑ったりする能力は生まれてから後天的に身に付ける能力だということが分かってきたのです。
つまり、生まれてからの親による適切な働きかけによってのみ身に付けることのできる能力なのです。

今私が紹介した事例は、ある意味特殊な例だと思うかもしれません。
数が急増しているとはいえ、一般的なことではないと思うかもしれません。
自分の場合はだいじょうぶと思うかもしれません。
でも、私は、程度の差こそあれ、質的には同じようなことが一般家庭でも起こってきているのではないかと思います。

現代人は大人も子どもも毎日いろいろとやることがいっぱいあり過ぎます。
「忙しい、忙しい」が口癖になってしまっています。
仕事、勉強、生活、運動、付き合い、趣味、遊びなどなど、毎日追われるように生活している人がたくさんいます。
そんな中で、当然、親子の触れ合いの時間やコミュニケーションの時間も減ってきているのです。

しかしながら、この親子の触れ合いとコミュニケーションこそが、子どもの心と頭と体にとって一番大切なものなのです。
その中で、子どもは自分が愛されていることや必要とされていることを感じ、安心や安らぎを得ることができます。
人から愛されることにより、自分自身を愛することもできるようになり、さらに、人を愛することもできるようになります。
そして、自分を表現する喜びを味わい、人と心を通じ合う楽しさを知ります。

また、親からの働きかけは子どもの頭に知的な刺激を与えます。
特に子どもが小さいときは、子どもの脳の神経細胞の成長にとって、親からの働きかけは圧倒的な影響力を持っています。
親からの働きかけに反応する度に、脳の神経細胞が成長していくのです。

さらに、親の働きかけは子どもの体の成長にも欠かせないものです。
たとえば、次のようなものがとても大切です。
親子でのじゃれ合い、マッサージごっこ、くすぐりごっこ、手遊びやリズム遊び、その他の体を使った遊びなどです。
これらは、もちろん、心を開放し、喜びを身体で表現する楽しさを教えてくれます。
それと同時に、基本的な身体能力の向上にも大いに役立つものです。
それは、たとえば、体の柔軟性や供応性の向上、リズム感の向上、筋力のアップ、逆さ感覚の習得などです。

このように、徳育知育体育のいずれの面においても、基本は親子の触れ合いとコミュニケーションにあるのです。
乳児期においても幼児期においても児童期においても、まったく同じなのです。
これは人間形成にとって根本的に大切なところなのです。
ところが、現代では、これがおろそかにされています。
忙しさを言い訳にし、便利さを追い求める中で、一番大切なことが忘れられているのです。

子どもの人生のスタートにおいて、親がこのことを分かっているかどうかは、その子の人生の分かれ目といっていいほどのものです。
これをお読みのみなさんには、ぜひ分かって欲しいと心より願っています。

初出「エデュメリー」(バンタンデザイン研究所)2006年~2007年

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