人生は、次の瞬間何が起こるか分かりません。
今回、私はそれを思い知りました。

それは2008年2月19日の夜に起きました。
その日は、ほぼ一年かけて書いてきた書き下ろしの本の最後の仕上げに没頭していました。
なぜなら、2月20日が原稿の最終締め切りだったからです。
私は夕食を終えて、最後の最後の仕上げをしようとパソコンの電源を入れました。

「できたら、今日19日のうちにメールで編集のTさんに送ろう。締め切りの一日前に送るなんて最高!そうすれば、明日は連載の原稿を書こう。それも明日が締め切りだから、今日中に半分でも書いておけば楽になる」などと、漠然と考えていました。
そして、パソコンに愛用のUSBメモリーを差し込みました。

ところがです!!
なんと、読み込めないのです。
それどころか、妙な警告文が出ているではありませんか。
「ドライブFのディスクはフォーマットされていません。今すぐフォーマットしますか?」

ん!?これは・・・?
まさか・・・
嫌な予感が・・・
落ち着け落ち着け・・・
パソコンのトラブルに違いない!

そこで、もう一台のパソコンの電源を入れてUSBメモリーを差し込んでみました。
ところが!!
またまた読み込めず、出てくるのは「ドライブFのディスクはフォーマットされていません。今すぐフォーマットしますか?」という警告文です。

これは!!
まずいんじゃないの!!
これはまずいよ、明らかに!!
かなりまずいよ~

冷静に冷静に・・・
と自分に言い聞かせても、頭をよぎる大きな不安!
パソコンのトラブルでないことは明らかだ。
となると、USBメモリーのトラブルか?
もしかして、全てのデータが吹っ飛んだ?
この中には今までの自分の全ての仕事が入っている。
特に、一年かけて書いた書き下ろしはどうなるの?

おいおい、明日が最終締め切りだよ。
出版社では、原稿が届いたらすぐに次の作業が進む手はずになっているとのこと。
やっば~い!!

なんとか気持ちを落ち着かせて、またパソコンに向かいました。
とにかく、今どういう状態なのか調べなければなりません。
検索サイトで「USBメモリー ディスク フォーマット 警告」などと入れて、検索しました。

すると、いろいろ情報が出てくるのですが、難しくてよく分かりません。
でも、これがかなり深刻な事態であることだけはよく分かりました。
それと、素人が下手なことをしない方がいいことも分かりました。
そして、次に分かったことはプロのデータ復旧業者に頼むのが一番ということです。

でも、このときすでに午後の9時でした。
しかし、躊躇している暇などありません。
ネットで調べると、東京駅の近くによさそうな業者が見つかりました。
静岡から新幹線に乗れば今日中に持ち込める!
さっそく電話です。

「もしもし、これこれしかじかで・・・今から持っていくのでお願いします」
「えっ、今から来られても・・・明日にしてください」
「じゃあ、明日持って行きますのでよろしくお願いします」

ところが、電話を切ってしばらくして、私はすばらしいことを思い出しました。
「あっ、そうだ。4日くらい前に書き下ろしの原稿は別のパソコンにバックアップしたような・・・」
そして、調べてみると、確かにバックアップしてあるではありませんか。

「やった~!4日前の私は偉い。
でも、この4日分のがんばりはどうなるの?
それに、今までの全ての原稿は?
全部をバックアップしたのはかなり前だし・・・」

翌日2月20日に東京の業者に持ち込みました。
どうかデーターが無事でありますように!
USBメモリーを祈るような気持ちでプロの手に渡すと、彼は作業室の中へ。

私は、椅子に座ってひたすら待つのみ。

しばらくして作業室から出てきたプロが、作業の進行具合を説明してくれました。
ところがいろいろと一生懸命説明してくれるのですが、ド素人の私にはよく分からないのでした。
論理フォーマットがどうのこうのアクセス部分がどうのこうの・・・

そこで、単刀直入に一番聞きたいことを聞きました。
「見込みはどうでしょうか?」
「もう少しやってみないと分かりません」
「どうかよろしくお願いします」

しばらくして、またドアが開きました。
「どうでしょうか?」
「かなり破損が大きいようです。アクセス部分のなんとかをなんとかして・・・」
その後も説明が続きましたが、「かなり破損が大きい」というところだけが頭に残って、後はほとんど聞いていませんでした。

説明が一段落したとき、私は聞いてみました。
「落としたわけでもないし、振ったわけでもないし、磁石に近づけたわけでもないし、いつも通りにパソコンから抜いて机の上に置いただけなんですけど・・・」
「USBメモリーって、けっこうそういうことがあるんですよ」
私は「そうなんですか・・・」と答えましたが、心の中は、「え~っ、聞いてないよ~!そんなバカな~。早く言ってよ・・・」という感じでした。

みなさん、知ってましたか?
私は、ちっとも知りませんでした。
フロッピーよりはるかに安全だと信じ切っていました。
甘かったです。

「なんとか書き下ろし原稿のファイルだけでも取り出してもらえませんか?それを最優先でお願いします」
「できるだけやってみます」
その言葉を残して、プロはまた作業室に戻りました。

また、ひたすら待つ私。
「まあ、こうしてただ待っていても仕方がないから、時間を有意義に使おう」
というわけで、持参したパソコンをカバンから取り出して、連載の原稿を書き始めました。
「こんな状況でも書けるなんてけっこうすごいな」などと自分をほめながら、がんばりました。
途中でお腹が空いたのでコンビニにおにぎりを買いに行って食べて、またひたすら書きました。

と、そこへまたプロが出てきて言いました。
「最近更新したファイルの辺りが特に破損しているようです。古いファイルほど破損が少ないようです」
「そうですか・・・」
そして、また、作業室へ。

しばらくして、また、プロが出てきて言いました。
「書き下ろし原稿のファイルが取り出せたかも知れません」
「お~!」
さっそく、渡されたディスクをパソコンに差し込んで読み込んでみました。

ドキドキ。
「おっ、ファイル名が読み込めた」
そして、ファイル名をクリック。
ところが、「読込時に原因不明のエラーが発生したため読み込めません」の表示。
ティラリ~ンティラリラリラリ~ン・・・あ~あ・・・

ファイル名まではパソコン上に出るのですが、中の文章は読み込めないのです。
がっくり・・・
ところで、私は初めて知ったんですが、こういうプロは自分ではクライアントのファイルを開かないみたいですね。
クライアントのデーター自体にはノータッチという、業界のルールのようなものがあるのなと思いました。

さて、その後もいろいろありましたが、私は連載原稿を書きながら待ちました。
こんな状況でも頭を切り換えられる自分は偉い、と言い聞かせつつ。
そして、その途中で私は閃きました。
「そうだ。ことの顛末をメモしておこう」
つまり、後でネタにしてどこかに書こうというわけです。
それで、ケータイのメモ帳に今までのことを全部書きました。

そのうちに早くも日が暮れて、その日はもうここまでで限界という時刻になりました。
結局取り出せたデータもあるのですが、一番急ぐ書き下ろし原稿のファイルは取り出せませんでした。
次の日も作業を続ければ、夕方くらいには取り出せる可能性もあるとのことでした。
それで、私はぜひにとお願いして帰途に着きました。

帰りの新幹線の中で、私は考えました。
「原稿の締め切りは明日だ。
取り出せる方に賭けて、今日はもう疲れたから寝ちゃおうか?
それとも、取り出せない可能性を考えて、今から徹夜で4日分の作業をしようか?
4日分の作業は表現の微調整と小見出し作りと段落作りだし、一度やったことだから楽なはずだ。」

考えた結果、がんばって4日分の作業をやることにしました。
もうさんざんTさんには締め切りを待ってもらっているから、最後くらいはきれいにいきたいという気持ちがあったからです。
それで家に帰ってすぐパソコンに向かいました。
時刻は午後9時30分でした。

それから、かつてないほどの集中力でがんばりました。
さすがにお風呂だけは入りましたが、それ以外は一切の休憩なしでやりつづけました。
自分でも驚くくらいの集中力でした。
やはり、一度やった作業なのでけっこう快調に進みました。

それで、明け方4時ころに、全部の原稿が仕上がりました。
やったー!!
えらい!!
最初の小見出しよりさらにいいんじゃないの♪
段落も前より読みやすいんじゃないの♪

それで、さっそくTさんにメールの添付ファイルで送信です。
ふうっ・・・
一年かけて書いてきた原稿が完成したのです。
最後の最後に思ってもいなかったトラブルがありましたが、根性で乗り切りました。
よくがんばったと自分をほめました。
毎回しっかりバックアップを取っていなかった自分は、軽く棚に上げておきました。

それから安心して熟睡しました。
たっぷり眠ってお昼の12時に起きたら、なんと、もう業者からメールが来ていました。
夕方と言ったのに、やけに早いな・・・

メールを開きながら、私はとても複雑な気持ちでした。
もしこれで書き下ろし原稿のデーターが取り出せていたら、昨夜の徹夜作業は何だったのか?
でも、他のデーターは絶対に取り出せていて欲しい・・・
ドキドキ

それでまず書き下ろし原稿のフィル名をクリックしてみると、「読込時に原因不明のエラーが発生したため読み込めません」の表示。
うれしいような悲しいような・・・

そして、その他のデーターも読み込めたり読み込めなかったりで50パーセントくらいの成功率といった感じでした。
やはりデーターの破損が大きかったようです。

そして、メールには、さらに徹底した作業を望む場合は専門のクリーンルームでの作業が必要と書いてありました。
それで迷うことなく申し込みました。

5日後にその結果が来て、開いてみると・・・
私の実感としては、80パーセントくらいの成功率といった感じでした。
そして、クリーンルームでの作業は約10万円でした。

はあ~
ことの顛末は以上です。
まったく大変でした。
これで教訓を得なければ、本当に愚かです。

●事故は自分にも必ず起こる。「万が一」は自分にも必ず起こる
●何ごとにも常に危機管理をする
●データーは毎回複数箇所に保存する。完璧なバックアップをする

初出「クラッセ」学研ブログ2008年

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