先生の悩みの一つに子どもたちの忘れ物の問題があります。
私もよくこれに悩まされました。

子どもたちは本当によく忘れ物をします。

忘れ物をした子は授業のはじめからつまづいてしまいます。
「やばい○○を忘れちゃった。
困ったなあ。
どうしよう?隣の子に借りようか?でも貸してくれるかな?やっぱり正直に先生に言った方がいいかな?でも言うとまた怒られちゃうな。
どうしよう?」などとしばらく葛藤が続きます。

そんなことをしている間に授業は進みます。
そして、気がついたときには、授業で何をやってるのかわからない状態です。
当然、学力にも影響します。

忘れ物は先生の精神状態にも影響します。
例えば、算数の授業で、先生が「では、三角形の角度を分度器で計ってみましょう」と言ったとします。

そして、次の瞬間、教室のあちこちから子どもたちがバラバラ出てきて、口々に「分度器を忘れました」と言ったとします。
これが先生にとって非常に大きなストレスになります。

分度器がなければ角度は計れません。
「持ってない子は計らなくていい」と言うわけにもいきませんので、隣の子に借りさせたり、先生の手持ちの物を使わせたりということになります。
それを淡々とおこなえばいいのですが、つい余分な説教もしてしまいます。

そんなことをしているうちに、授業時間の5分くらいはあっという間に過ぎてしまいます。
忘れたのが一人や二人ならともかく、7,8人、あるいは10人などになると怒りがこみ上げてきてかなりイライラしてきます。

私が若いころは、これでキレてクラス全員を叱りつける、などという愚か極まりないことをやっていました。
忘れ物をしていない大部分の罪もない子どもたちを巻き添えにしながら…。
(ごめんなさい)

忘れ物についての考え方や対応は先生によってかなり違います。
そこには、その先生の人間性、器の大きさ、プロとしての力量などがよくあらわれています。

かつての私のように、子どもの忘れ物ですぐイライラしてしまう先生、やってはいけないことをやってしまう先生は、人間性に問題があり器も小さく力量もないのです。

また、その対応には先生各人の有り様の他にも、時代による人間観の違いも反映されます。
以前は、”子どもの人権”などという言葉すらなかったので、今では許されないような指導がおこなわれていました。

私が若いころ、今から30年ほど前ですが、先輩の先生の中には忘れ物をするとその度に家に取りに行かせるという先生が実際にいました。

「親に思い知らせてやるためだ。これくらいしないとわからない」と言っていました。
あるいは、その日の忘れ物を連絡帳にすべて書いて親に知らせるという、まめな先生もいました。

その労力はかなりのものだったと思いますが、その先生は、指導が行き届かない親に対して怒りをぶつけるような感じで書いていました。

この他にも、今では考えられないような指導が以前はよくおこなわれていました。
忘れ物表なるものをつくる先生もいました。
それは、教室に子どもたちの名簿を貼って、忘れ物を1つするとバツを1つつけるという表です。
そして、バツが10個たまると残り掃除などのバツが待っていました。

これを班ごとにおこなう先生もいました。
班で1つの忘れ物表を作って、班の子が忘れたらバツをつけていくのです。
そして、班で競争させるのです。
その結果を1週間ごとに学級通信に載せていました。

こういうやり方は、他の子や他の班のバツが増えることを密かに喜ぶ子どもたちを育てることになります。
いじめの原因を作る上でも効果抜群です。

忘れ物をすると書き取り1ページ、などという罰を与える先生もいました。
1日に5個忘れ物をすれば、下校までに書き取りを5ページ書かなければなりません。
こういうやり方は、子どもを勉強嫌いにさせる上で効果抜群です。
勉強とは、罰としてイヤイヤやらさせるものだという認識が子どもに染みつきます。

これらのやり方は、すべて、子どものマイナス点を数えるという減点主義的な発想です。
そして、罰への恐怖によって目的を達成しようとする罰則主義的な指導です。
しかも、その根底には、自分をイライラさせる子どもとその親に対する恨みを晴らしたい、という無意識的な衝動があるのです。

このような指導をする先生は以前より減りましたが、いまだにときどきいます。
先日もある親からこういう話を聞きました。
その人の子どものクラスでは、忘れ物をした子は「私は○○を忘れました。
これから気をつけます」とみんなの前で言わせられるそうです。

これは非常に屈辱的なことであり、子どもの自尊心が傷つき自己肯定感がもてなくなります。
忘れ物が多い子は毎日何回も言うことになるでしょうし、いじめの原因になる可能性が高いと言えます。

さらに、そのクラスでは、忘れ物をすると給食のおかわりができない、忘れ物をした授業の次の休み時間は外に遊びに行けない、などの罰があるそうです。

このようなやり方が子どものためになると本気で思っているのでしょうか?

このような減点主義・罰則主義による指導はすぐにやめべきです。
一時的には改善されたように見えたとしても、それは罰が怖いからそうしているだけです
。罰がなくなったときには倍返しの反動が来ます。

しかも、自己肯定感がなくなる、学校に来るのが苦痛になる、友達にバカにされる、いじめの原因になる、などの副作用が出ます。
こういった弊害はとても大きな問題であり、軽く考えるべきではありません。

また、子どもと先生の人間関係を損なうという弊害もあり、それも軽く考えるべきではありません。
罰で支配する先生に対して、子どもはけっして尊敬の念を持つことはありません。

尊敬の念どころか、子どもに軽蔑されるようになります。
なぜなら、そういう先生は人間性に問題があり器も小さく力量もないということを、子どもたちは本能的に見抜いてしまうからです。

ということで、私は、減点主義・罰則主義の指導をやめて、もっと合理的かつ具体的に”忘れ物を減らす方法”と”忘れ物をしたときの対応策”を工夫することが大切だと思います。
それについては、次回詳しく書きます。

初出『教職課程』(協同出版)2014年12月号

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