もう子どもたちを叱りたくない。
子どもたちを叱らなくても済むようにしたい。

心穏やかな状態でいたい。
子どもが叱られてシュンとなる姿を見たくない。
子どもたちの楽しそうな姿やうれしそうな笑顔を見ていたい。

でも、だからといってけじめのつかないだらしのない生活では困る。
それでは子どもたちのためにならない。

叱らなくても子どもたちがやるべきことはちゃんとできて、生活も勉強もスムーズにいくようにしたい。
どの子も「自分はできる」という自信を持てるようにしてあげたい。
私はこのような思いを強く持ちました。

そして、まず初めに取り組んだのが宿題の提出です。
私が叱らなくても、子どもたちが毎朝8時までに教室の前にある台に宿題を出せるようにするには、どうしたらいいのか?
そのための環境とシステムはどうつくればいいのか?

私がまずやったのは磁石付き小黒板の活用でした。
私は子どもたちに毎朝やって欲しい2つのことを小黒板に書きました。
◎8時までに出す
◎花に水をやる

そして、係の子を決めて、毎日帰るときにこの小黒板を前の黒板に貼るようにしました。
つまり、子どもたちが登校して教室に入ってきたとき、この小黒板の指示が目に入るようにしたのです。

とても簡単なことですが、たったこれだけのことで提出率が少し上がりました。
でも、しばらくするとまた下がってしまいました。
新鮮さがなくなると目に入らなくなるからです。

以前の私なら、既にこの時点でキレていました。
でも、猛反省をしてからは違います。
「もっと何かいい方法はないかな?」と考えました。

そして、新たな一手を考えつきました。
今度は、2人の子が毎朝7時50分に教室の前の方に出て「読みましょう。さん、はい」と言うようにしたのです。

それを合図に、教室中の子どもたちが小黒板に書いてある「8時までに出す。花に水をやる」という指示を声に出して読みます。

それまでは、小黒板などには目も留めず遊んだりおしゃべりしたりしている子どもたちもいましたが、音声なら必ずどの子の耳にも入ります。
それで「あ、そうだ。出さなきゃ」となるのです。

これはけっこう効き目があったので、私はうれしくなりました。
あの手この手を考えるのはけっこう楽しいな、と思ったことを覚えています。

何というか、子どもたちと勝負しているような気持ちになってくるのです。
将棋の作戦を考えるときのように「この手ならどうだ?」という感じです。

声に出して読む方法はけっこう効果がありましたが、それでも出さない子もいました。
それで、また新たな一手を考えました。

今度はB5の大きさの黄色い画用紙にマジックで「8時までに出そう」と書いて、帰りに係の子がよく出し忘れる子の机の上に載せておくようにしました。

翌朝その子が登校すると自分の机の上にその黄色い紙が置いてあるわけです。
それを見て「あ、そうだ。
出さなきゃ」となるのです。

これでほぼ全員が出せるようになりましたが、それでも出し忘れる子が1人いました。
なかなかの大物であるY君です。

それで私は考えました。
このY君が宿題を出せるようにするにはどうしたらいいのか?そして、また新たな一手を繰り出しました。

今度は2人の子を特命係にすることにしたのです。
私はその2人を呼んで言いました。
「あなたたちは、いつも自分のやるべきことをきちんとやっていてとても立派です」「はい」「朝の宿題提出も、花に水をやるのも忘れたことがないよね」「はい」「えらいな~」「えへへ」

「それでね、先生1つお願いがあるんだけど」「え、なに?」「Y君がいつも宿題を出し忘れちゃんだよね」「あ~、確かに」

「せっかくやってきたのに出し忘れちゃうなんてもったいないよね」「じゃあ、私たちが代わりに出してあげればいいかな」「うん、うん、それも名案だけど、その前にね…」「その前に?」

「Y君に出すように言ってあげて欲しいんだよね」「あ、そうか」「つまり、あなたたちが自分の宿題を出したらY君のところに行って宿題を出すように言ってくれる?」「うん、いいよ」

「あなたたちなら上手に言えると思うよ」「えへへ」「明るく楽しく、優しく上手に言ってあげてね」「うん、任せて」「Y君が宿題出すまでずっとくっついてるんだよ」「は~い」

というわけで、次の日の朝から特命係の2人が「Yく~ん、宿題出そうね」「宿題出してね」と明るく楽しく、優しく上手に言ってくれました。
このおかげで、さすがのY君もめでたく宿題を出せるようになったのです。

しかも、Y君も特命係の2人も、その朝のやりとりをけっこう楽しんでいる風でした。

ところで、もしこれでもうまくいかなかったらどうすればいいのでしょうか?
そういうときは、私が直接「はい、Y君宿題出して」と言って出させればいいだけのことです。

そして、その場でペラぺラっとめくって、「毎日しっかり宿題やってあるね」とか「書き取りの字が上手になってきたね」などとほめてあげます。

「宿題100点。宿題出せたら200点」とか「明日は自分で出そうね」と明るく優しく言ってあげるのもいいと思います。

また、それだけでなく、宿題とは関係ない他の面でY君のいいところをたくさんほめるようにします。
そうすると、Y君との人間関係がよくなります。

すると、Y君もこちらの言うことに対して素直に聞こうという気になってきます。
こういうことが大事なのです。

ところで、この特命係は誰でもいいというわけではないので、人選は慎重に行いました。
なぜなら、言葉がきつい子だと「Y君、ちゃんと宿題出さなきゃダメじゃん。なんでちゃんと出さないの。だらしないねえ」などと言いかねないからです。

これでは朝からトラブルが発生する元をつくっているようなものです。
そういうことは絶対に言わないで、明るく楽しく、優しく上手に言える子にする必要があります。

幸いなことに、これにぴったりのいわゆる癒し系の子がクラスに数人いましたので、その中の2人にお願いしたのです。

というわけで、子どもたちを叱らずに「8時までに宿題を出す」を達成するために、私は様々なあの手この手を繰り出しました。
そして、とうとう実現したのです。

さて、私はその後しばらくしてから職員室で同僚にこの話をしました。
すると、そばで聞いていたある若い先生が急に怒り出しました。

その先生は、「杉山先生、私はそれは認めたくありません。そんなのは教育じゃありませんよ」と言いました。

私は「なるほど、なるほど」とたっぷり彼の言い分を聞いてから、最後に「でも、これで出せるようになる子もいるんだよ」と言いました。

実際に、机の上に「8時までに出そう」と書いた黄色い紙が置かれることで出せるようになった子が何人かいました。
その場合、「自分でちゃんと出せてるね」とほめます。

本当は黄色い紙のおかげですが、それには触れません。
そして、1週間くらい続けて出せたら、係の子に言って今度は黄色い紙を置くのをやめてみるのです。

それで出せたら大いにほめます。
すると、子どもはうれしくなって、「これからもしっかり出そう」という気持ちになります。
もし黄色い紙をやめて出せなくなったら、また黄色い紙を復活させればいいだけのことです。

さて、前回書いたように、以前の私は宿題の提出のことで朝から子どもたちを否定的に叱っていました。
それで朝からみんないや~な気持ちになっていました。

でも、「叱らなくても宿題が出せる環境とシステム」を工夫することで朝から叱らなくて済むようになり、明るく楽しい生活の実現に一歩近づくことができました。

初出『教職課程』(協同出版)2013年1月号

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