前回は幅広く勉強することについて書きましたので、今回は自分に合った方法を見つけて究めることの大切さについて書きます。
私は教師の授業スタイルというものはお笑い芸人の芸と似たところがあると思います。
明石家さんまさんは、その場にいる人を上手にいじって面白い発言を引き出し笑わせます。
ビートたけしさんは、その場の流れの中で即興的にドキッとするような発言をして笑わせます。
綾小路きみまろさんは、事前に練りに練ったおもしろい話を次から次へと繰り出して笑わせます。
この中のどのスタイルが正しいとか、あるいは高級だとかいうことはありません。
大切なのは自分に合った芸のスタイルを究めていくことです。
明石家さんまさんが綾小路きみまろさんのスタイルで笑いを取ろうとしても、まったく面白くないでしょう。
綾小路きみまろさんが明石家さんまさんのスタイルでやっても、これまた面白くないでしょう。
それぞれの資質、それぞれのよさがまったく生かされないからです。
お笑い芸人の芸だけではありません。
演歌歌手は演歌を究めますし、ポップス歌手はポップスを究めます。
野球選手のイチローはヒットを狙う打者であり、松井はホームランを狙う打者です。
自分の資質に合ったスタイルをつくれた人が一流になれるのです。
教師の授業スタイルもこれと同じです。
たとえば、授業のスタイルを子ども主導型と教師主導型の2つに分けて考えてみましょう。
子ども主導型とは、子どもたち自身が学習課題をつくり、その課題を追究したり話し合ったりする過程も子どもたちが主導するスタイルです。
この場合、発表の仕方はリレー発言、自由発言、子ども司会などになります。
教師主導型とは、教師が学習課題をつくり、その課題を追究したり話し合ったりする過程も教師が主導するスタイルです。
この場合、発表の仕方は挙手・指名になります。
この2つのうち、子ども主導型の方が高く評価される傾向が現場にはあります。
ほとんどの教師はこのスタイルの授業に強い憧れを持っています。
私も若い頃このスタイルに憧れました。
ちょうどその頃、このスタイルの授業で全国的に著名な先生が静岡市にいました。
それは静岡市立安東小学校の築地久子先生です。
築地先生の授業は子ども主導型授業の理想を実現していました。
先生はほとんど指示らしい指示も出さないのに、クラスの子どもたちが自分たちで課題をつくって、調べたり話し合ったりして授業を進めていました。
その頃、私も静岡市内の小学校に勤めていたので、築地先生の公開授業を見に行ったり友人から借りたビデオを見たりしました。
そして、自分のクラスでもやってみました。
でも、結局ぜんぜんうまくいきませんでした。
その後も、子ども主導型の方の他の先生のスタイルを研究してやってみたこともありました。
子どもによる問題作りの授業、リレー発言、自由発言などいろいろ試行錯誤もしてみました。
でも、うまくいきませんでした。
そして、だんだんわかってきたのは、自分には子ども主導型よりも教師主導型の方が合っているということです。
つまり、私は教材研究をしっかりして十分練った問題を考え、それを子どもたちにじっくり考えさせる授業の方がやっていて楽しいのです。
発表も挙手・指名の方が気持ち的にすっきりするのです。
それで、教師主導型ですばらしい授業をする先生の授業を見たり、本を読んだりして研究しました。
自分は教師主導型でいくと決めたとき、やっと自分のスタイルが持てたと感じました。
今、このような自分の歩みを振り返って、私は次のように思います。
どちらのスタイルにもそれぞれのよさがあり、同時に問題点もあります。
子ども主導型がうまく機能すれば、子どもたちは主体的かつ積極的に授業に臨みます。
そして、その主体性と積極性は授業だけでなく学級生活全般にまで及び、万事主体的に活動できるクラスになります。
また、学習を進めていく上で、自分のことだけでなく友達の考えや気持ちにも心を配るようになります。
それは、授業以外の場での友達への心配りにもつながります
でも、一方で学習内容を身につけていく上ではかなり非効率な面もあります。
授業においては子どもたちが手探りで進むので、いわゆる”這い回る時間”が長くなります。
それで時間がかかりすぎて、教科書の内容をこなせなくなることもあります。
授業中にできなかった分が宿題に回されることもあります。
それによって、学習内容の定着と学力の向上という点で問題が生じることがあります。
その逆に、教師主導型がうまく機能すれば、這い回る必要はなく効率よく授業を進めることができます。
教師主導型のいい点は、教師が設定した質のよい学習課題をもとに進められるということです。
そして、教師が意図的に指名できることも授業の効率化につながります。
質のよい学習課題とは、どの子も楽しく追究できて、それによって授業の目的を十分達成することができる課題です。
これを子どもが作るのは極めて難しいことであり、教師が十分な教材研究をして初めて可能になることです。
このスタイルの授業は効率よく進められるので、教科書の内容をこなせなくなることもありませんし、学習内容の定着と学力の向上という点でも有効です。
でも、一方で子どもたちが受け身的になりやすいという問題点があります。
場合によっては、授業だけでなく学校生活の全般にわたっても子どもたちが主体性を発揮できにくくなることもあります。
このように、どちらのスタイルにも一長一短があります。
大切なのは自分の資質に合うスタイルで究めることです。
そこを誤ってしまうと、結局うまくいかなくて、一長一短の「短」の部分だけがあらわれてしまいます。
本当は教師主導型の方が合っているのに、子ども主導型でやろうとしている人がけっこうたくさんいます。
すると、教師も子どももお互い苦しくなってしまいます。
再度いいますが、私は自分の資質にあった授業スタイルを選ぶことがとても大切だと思います。
そうすれば、教師も子どももともに楽しく授業ができて、しかも教育効果が上がります。
それでないと、綾小路きみまろさんが明石家さんまさんのスタイルを選ぶようなことになり、誰のためにもなりません。
でも、今までこのような観点で授業の研修がおこなわれたことはありませんでした。
今までは、教師はどういう授業をするべきかとか、どのような授業がいい授業かなどの観点しかありませんでした。
これからは、自分に合う授業スタイル選んでそれを究めることの大切さが認識されることを願っています。
みんな違ってみんないい、という発想で臨んで欲しいと思います。
ですから、私は学校単位で授業スタイルを決めるようなことはしない方がいいと思います。
よくあるのが、学校の研修テーマで「子どもが主体的に作り上げる授業」などと決めるケースです。
これだと教師主導型に合う資質の先生は苦しくなりますし、結局は子どもたちにしわ寄せがいってしまいます。
それよりも、「それぞれの先生の資質に合った授業」という観点を持って欲しいと思います。
初出『教職課程』(協同出版)2012年8月号
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