私が講師として中学校で国語を教えていたときのことです。
ある日、同じく国語を教えていたM先生に私の授業を見てもらうことになりました。

M先生は指導力に優れていることで有名で、学級づくりでも国語の授業でも顧問の卓球部の指導でも並外れた指導力を発揮していらっしゃいました。

そんな先生に1時間ずっと授業を見られるのです。
私は緊張しまくっていつもにも増して何が何だかわからないような授業をしてしまいました。

授業が終わった後で、私は「いったいどんなことを言われるやら…」と戦々恐々としていました。
すると、M先生は意外にも「あんた、いい声してるね」とほめてくれたのです。

指導はそのひと言で終わりました。
ほかにも言いたいことはたくさんあったと思いますが、そのひと言でした。
もしかしたら、忙しくてあれこれ言う時間がなかったのかも知れません。

あるいは、「言うべきことはいっぱいあるけど、あれもこれもと言ってもこいつには無理だろう。それよりいいところをほめて自信をつけてやろう」と考えてのことかも知れません。

いずれにしても、大いに尊敬する偉大なるM先生にほめられて私はとてもうれしかったです。
それまで、声をほめられたことは一度もなかったのですが、そう言われてみるとなんだかけっこういい声のような気がしてきました。

そのころ日々の授業を苦痛に感じ始めていたころだったのですが、子どもたちの前で話すのが楽しみになってきました。

さらには、小学校の教師になってから劇団たんぽぽの講座で発声法と朗読法を学んだり授業で音読・朗読に力を入れたりするようになったのもこのM先生のひと言が影響していると思います。

そして、現在私は教育評論家として全国各地で講演をしているわけですが、人前で話すときM先生のひと言が未だに心の支えになっていることを感じています。

この一連のつながりを振り返って思うのはほめることの大切さです。
たったひとつのほめ言葉が、それ以降の私の人生に数々の恵みをもたらしてくれたのです。

今改めてM先生に心から感謝すると共に、ほめることの大切さをみなさんに伝えていきたいと強く思う次第です。

さて、中学校での3ヶ月間がなんとか終わって春休みになりました。
春休みには職員の飲み会が何回か行われました。
飲み会で驚いたのはけっこう口論が起きることです。

「あのお前の授業はなんだ。
全然なってないじゃないか」「社会科のあんたに数学の授業の何がわかるんだ」とこんな感じで、授業論と口げんかの中間くらいのやりとりがけっこうありました。

その後小学校の教師になってから経験した飲み会とは雰囲気が違っていました。
私は中学校は1校しか経験していないので、こういう雰囲気がその学校だけの特徴だったのか中学校が一般的にそうなのかはわかりません。

でも、どちらかというと中学校は男社会で小学校は女社会だということは言えると思いますので、それが飲み会にも影響していたのかも知れません。

こういうこともありました。
飲み会ではありませんが、学校である若い先生と話をしていたときのことです。
彼は校長、教頭、学年主任に対する不満を延々と話し続けました。

それで、私はうんざりして、つい「そんなに言いたいことがあるなら直接言えばいいじゃないですか」と言ってしまいました。
すると、彼の目つきががらりと変わって「何だ、その態度は!」と怒り出しました。
「しまった」と思っても後の祭りでした。

その後冷たい関係が続きましたが、私が離任する直前に仲直りすることができました。
そして、彼は小学校の体育で必要な準備運動の指導方法を私に手取り足取り教えてくれたのです。

さて、中学校で3カ月間講師をした後、私は1983年の4月から藤枝市立西益津小学校の教壇に立ちました。
一番初めに受け持ったのは3年生でした。

その子たちとの最初の出会いがどうだったか、どんな挨拶をしたか、などは忘れてしまいましたが、初日にある男の子が私のところに来て言った言葉はよく覚えています。

彼は「先生はハナアゲする?」と私に聞いたのです。

「えっ、ハナアゲって何?」「先生知らないの? ハナアゲってのはね、子どもの鼻の穴に指を突っ込んで上に持ち上げることだよ」「え~知らないよ」「○○先生はね、子どもが忘れ物したりすると鼻上げするんだよ。先生もする?」「そんなことしないよ」「あ~、よかった」

どうやら、2年生のときの先生がやっていた鼻上げを新しい先生もするかどうかが彼の最大関心事だったようです。
それを真っ先に確かめたかったのでしょう。

子どもたちは本当にかわいらしくて、最初の日からみんなにこにこしながら「先生、先生」と話しかけてくれました。
私もそんな子どもたちの気持ちに応えたいと思い、教師という仕事に全力で取り組みました。

休み時間には子どもたちと外で遊びました。
よくやったのはドッジボール、相撲、鬼ごっこなどです。
特に築山での鬼ごっこは本当に面白くて、昼休みや業間休みなどには私も童心に返って遊びました。

お楽しみ会もたくさんやりました。
班ごとで出し物を練習して見せ合うとか土曜日を利用してホットケーキやお菓子を作るなどが多かったと思います。

男の子2人組がやった腹話術は印象深かったです。
腹話術士の役の大きな子が人形の役の小さな子を抱きかかえて出てきところから大受けでした。

ある班がやった浦島太郎をもとにした創作劇もとても面白くて、みんな腹を抱えて笑いこけました。
こういうときに俄然輝き出す子もいて、そういう姿を見るのはとてもうれしいことです。

でも、ある日、高い鉄棒で遊んでいて肝をつぶすようなことがありました。
その遊びとはこうです。

その鉄棒は、3年生の子どもたちが思い切りジャンプしても届かないくらい高いものでした。
それで、私が体を持ち上げてやって子どもたちは両手で鉄棒にぶら下がります。

そして、体と脚を前後に振って勢いをつけてできるだけ遠くに飛び降りるのです。
高いところから飛び降りる、それもできるだけ遠くに飛び降りるということでかなりスリルがあります。

子どもたちはそのスリルを楽しんでいたわけですが、ある女の子が手を離すタイミングを誤ってバランスを崩してしまいました。
そして、背中から落下して地面に強く背中を打ち付けました。

そして、その子は両目をむいたものすごい形相でもがき苦しみました。
かなりの高さから落ちて背中を強打したため、まったく呼吸ができなくなってしまったのです。

本当にすごい苦しみようで、私は「この子は死んでしまうのではないか!」という恐怖に襲われゾッとしました。

幸いなことに、その子はしばらくして呼吸ができるようになりだんだん落ち着いてきました。

でも、それまではもがき苦しんでいるので手の施しようがなく、何をどうしていいかわからない状態で私も含めてみんなパニックになっていました。
呼吸ができるようになって心底ホッとしました。

でも、しばらくして「もしあのまま呼吸ができない状態が続いたらどうなっていたか?最悪のケースもあり得たのではないか?」と思って改めて恐ろしい気持ちになりました。

子どもたちが喜ぶのでその遊びをしていたのですが、その危険性についての認識や子どもの安全についての配慮はまったく欠けていました。
この一件は私が子どもの安全について考え直すきっかけになりました。

それで私はみなさんに言いたいのですが、若い教師は当時の私のように安全について認識が甘い人が多いようです。
若いころはいろいろな教育活動で自分がやりたいことがたくさんあるので、つい安全面を軽視しがちです。

それで、先輩たちが安全面での慎重論を出すと、煙たがったり返事だけ適当にしておくということになりがちです。

でも、預かっている子どもを無事に家庭に帰すということは、教師として絶対守らなければならない鉄則の1つです。

子どもが取り返しのつかないケガをしたりあるいは命を失うようなことがあったりしたら、いくら謝っても謝りきれないことになります。
ですから、何をするにしても子どもの安全は最優先にしてほしいと思います。

初出『教職課程』(協同出版)2012年3月号

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