前回、叱ることには2つの大きなマイナスがあって、1つは叱られることが多い子は自分に自信が持てなくなるということを書きました。
 

もう1つの大きなマイナスは、叱られることが多い子は親に対して不信感を持つようになるということです。
「もしかしたら自分は愛されていないのではないか?」「あまり大切にされていないような気がする」という気持ちが、どうしても出てきてしまうのです。



子供も、頭では「親は自分のために叱ってくれているのだ」と考えようとします。
そして、自分を安心させるため、そう言い聞かせようともするのです。
 

でも、心の方は、自分のコントロールを超えています。
納得させようとしても、言うことを聞きません。
叱られることが多くなるに連れ、親の愛情に対する疑いや親への不信感は、心の底でだんだん大きく育ってしまうのです。
 

親の愛情への信頼感に満たされているのと、心の底に不信感を持っているのとでは、大きな違いです。これは、その子の人生に決定的な影響を及ぼすことになります。
 

前者では、人生における人間関係を相手への信頼感を元につくっていけるようになります。
後者の度合いが大きくなると、人間関係を相手への不信感を元につくっていくようになります。
 

それは、子供たちを見ていてもわかります。
歩いていて友達と肩がぶつかっただけで、切れてけんかになる子もいます。
こういう子は、自分を取り巻く周囲への基本的な不信感があるのです。
 

いつも親に叱られてばかりいたら、いつも親に攻撃されてばかりいたら(叱るというのは言葉の暴力攻撃以外の何ものでもありません)、いつも言葉の暴力や身体的な暴力を受けていたら、こうなるのは当たり前です。
 

自分の中の満たされない部分が、いつもマグマの塊となって渦巻いているのです。
それは、何かちょっとしてきっかけで噴出することになるのです。
 

反対に、いつも親の愛情への信頼感に満たされている子は、友達と肩がぶつかったくらいで切れるなどということはあり得ません。
にこにこしながら、「ごめんね。だいじょうぶ?」と自分から言うことができるのです。
 

そういう子は、たとえ相手の方がぶつかってきた場合でも、咎めたりしません。
それどころか、こちらから「ごめんね。だいじょうぶ?」と言うことすらできます。
心が満たされているから、できるのです。
基本的な信頼感が元になっているからできるのです。
 

この表れ方は、大人になってからも同じです。
犯罪などを起こさざるを得ない人たちの多くは、子供のころ叱られなかったのではなく、むしろその反対なのです。