みなさんに伺います。
「自分は成長過程で負ったトラウマ(心の傷)を持っている」と感じている人はいますか?
実は、かなりたくさんいるのではないかと思います。

たくさんどころか、本当は100パーセント、またはそれに近いくらいの割合でみんな何らかのトラウマを持っているのではないでしょうか。

というのも、自分で気づいていない場合も多いからです。

それを含めれば、成長過程でいっさい何もトラウマを負わなかったという人は、実はほとんどいないはずです。
私はそう考えます。

トラウマは、自分で気がつかない無意識のうちに、人の感情、思考、言葉、行動などに影響を与えます。
自分で薄々気づいている場合も、抗しきれずに影響を受けてしまうことも多いのです。

一般的に、トラウマの原因としては、暴言、暴力、虐待、事故、災害、犯罪、戦争などが挙げられます。
その中で、圧倒的に多いのが、親による暴言、暴力、虐待などです。
そして、その中でも圧倒的に多いのが、暴言、つまり言葉による暴力なのです。

事故、犯罪、災害などによるトラウマよりも、親によって与えられるトラウマのほうがはるかに多いのです。
なんとも悲しいことです。

「本当はおまえは生みたくなかった」「もう子どもはいらなかったけど、できちゃったから生んだんだ」「おろそうかと思ったんだ」「おろせばよかった」「あんたなんか生むんじゃなかった」「あんたさえいなけりゃ」「いないほうがいい」

このような存在否定の暴言、つまり、その子の存在を根本から否定するような暴言を浴びせてしまう親もいます。
これによって、心が深く傷ついている人たちが世の中にはたくさんいます。

「橋の下から拾ってきたんだよ」「男の子のほうがよかった」「うちの子じゃない」「もう顔を見たくない」「出て行って」「近寄らないで」
こういう暴言も、心を深く傷つけます。

「おまえは信じられない」「おまえはダメだな」「だから、おまえはダメなんだ」「あんたは考え方がずるい」「卑怯だ」「いじわるだ」「うそつきだ」「だらしがない」「怠け者だ」「根性がない」「バカじゃない?」「頭が悪い」「なさけない」「どうしようもない」
こういう人格否定の暴言も同じです。

「妹にできて、なんであなたにできないの!」「弟を見習いなさい」「2年生になって、そんなこともできないの!」「小学生にもなって、そんなことができないの?!もう1度幼稚園に戻りなさい」
兄弟姉妹と比べられたり、何らかの基準と比べられたりする人格否定の暴言も同じです。

「ダメでしょ」「ダメダメ」「○○しなきゃダメでしょ!」「また○○してない」「何度言ったらわかるの!」「なんで○○しないの!」「そんなこともできないの!」「何やってんの?」
こういう否定的な言い方、つまり、マイナスイメージを押しつける暴言もすべて同じです。

存在否定の暴言、人格否定の暴言、そして、マイナスイメージを押しつける暴言、これらはすべて言葉の暴力です。
1つめの存在否定の暴言や2つめの人格否定の暴言は、格闘技でいえばメガトン・パンチです。
たとえ1回でも、こういう言葉をぶつけられると、深く傷ついてしまいます。
そして、永く心に残ります。

自分は、いてはいけないのではないか?
自分は、生きててはいけないのではないか?
自分は、存在しないほうがいいのではないか?
自分は、いないほうがいいのではないか?
存在否定の暴言をぶつけられた人は、このような自己存在の根本に関わる苦悩を持ち続けることになります。
自己存在そのものを否定すること、これほど辛いことがほかにあるでしょうか?

自分はダメな人間だ。
どうしようもない人間だ。
自分はがんばれない。
自分にできるわけがない。
人格否定の暴言をぶつけられた人は、このような自己無能感、つまりマイナスのセルフ・イメージを持ち続けることになります。

たとえ1回でも、このような存在否定や人格否定のようなメガトン・パンチの暴言をぶつけられると、大きなダメージを受けることになります。

3つめの、マイナスイメージを押しつける言葉は、格闘技でいえばローキックやジャブのようなものです。
1回1回のダメージは、ほかの2つに比べれば小さいものです。
でも、それが度重なることで確実にダメージを受けるのです。
そして、ついには、ほかの2つと同じ程度の、またはそれ以上のダメージを受けることもあるのです。

格闘技の試合で、ローキックを浴び続けて負けた選手が、歩くどころか自分で立つこともできず、両脇を抱えられて退場する姿を見ることもあります。
同じように、マイナスイメージの暴言も度重なることで子どもに大きなダメージを与えてしまうのです。

日常的に、「ダメダメ」「○○してない!」「○○できない!」などの否定的な言葉を浴びせるということは、子どもに、自分に対するマイナスイメージを押しつけることと同じです。
こういう言葉を浴び続けていると、だんだん、「自分はダメだ」「自分はできない」という気持ちになっていってしまいます。

つまり、自分に対する自信が持てなくなっていくのです。
それは、いい自己イメージが持てないということでもあります。
そして、自己イメージというのは、これから自分をつくっていくための設計図なのです。

「自分はできる」「自分はがんばれる」という自己イメージを持っていれば、長い間にだんだんそうなっていきます。
「自分はダメ」「自分はできない」という自己イメージを持っていれば、長い間にだんだんそうなっていくのです。

逆はあり得ないのです。
「自分はダメ」という自己イメージを持っている子が、樹木が大空に枝を張り巡らせるように、どんどん自分の可能性を伸ばしていくなどということはあり得ないことなのです。

私は、講演のとき、聴講者のみなさんに次のようなことを言います。
「今、みなさんの目の前に、梅干しはありません」
「今、みなさんの目の前に、レモンもありませんね」
「みなさんの口の中に、梅干しは入っていません」
「みなさんの口の中に、レモンも入っていませんね」
こう言ったあとで聞いてみると、ほとんどの人が何となく口の中がジワーッとしてきたと答えます。
私は、「梅干しもレモンもありません」と言っているのです。
「ありません」と言っているのに、唾液が出てくるのです。

もちろん、頭ではわかっています。
そこに梅干しもレモンもないということが、頭ではわかっています。
でも、自分の無意識の部分が勝手に反応してしまうのです。
無意識の部分はコントロールが聞かなくて、梅干しやレモンという言葉に勝手に反応してしまうのです。
言葉の持つイメージ喚起力には、絶大なものがあるのです。

日常的に、「ダメダメ」「○○してない!」「○○できない!」などの否定的な言葉を浴びせていれば、子どもはだんだん自分はダメだと思うようになります。
これは、「おまえはダメだな」という人格否定の暴言をぶつけるのと同じことなのです。
親は、「自分は個々の物事について言ってるのであって、その子がダメと言っているわけではない」と言うかも知れません。
でも、それは、言う側の身勝手な理屈に過ぎません。
実際子どもが受ける影響は、人格否定の暴言と同じなのです。

私は、本当に、このことを口を酸っぱくして言い続ける必要性を感じています。
存在否定の暴言は、さすがに滅多なことでは発せられません。
こういう暴言をぶつける親は、そうそう多くはありません。
人格否定の暴言も、それほど多くはないと思います。
こういう言葉は、普通は、言うほうも躊躇するものです。

でも、それらに比べてマイナスイメージの暴言はかなり気楽に使われています。
はっきり言って、非常に多くの親が日常的に使っています。
口癖のようになっていて、こういう言い方が当たり前になってしまっている人も多いのです。
そもそも、これらを、暴言、つまり言葉の暴力と思っていない人も多いのです。
自分の発する言葉の暴力性に全く気づいていないのです。
そこが最大の問題です。

もう一度はっきり言います。
「ダメでしょ」「ダメダメ」「○○しなきゃダメでしょ!」「また○○してない」「何度言ったらわかるの!」「なんで○○しないの!」「そんなこともできないの!」「何やってんの?」
このような、マイナスイメージを押しつける言い方も、言葉による暴力なのです。
それをはっきり認識してください。

存在否定の暴言、人格否定の暴言、そして、マイナスイメージを押しつける暴言、これらはすべて言葉の暴力です。
そして、子どもが暴力を受けたときのダメージは大人が暴力を受けたときのダメージよりもはるかに大きいのです。
肉体的な暴力でもそうですが、言葉による暴力でもそうなのです。

大人には、ある程度確立した自己認識というものがあります。
他人がなんと言おうが、「そんなことはない」と思えるものがあります。
「自分のことは自分が一番わかっている」「大きなお世話だ」「あなたに言われたくないよ」「お前よりマシだ」などと思えるものがあります。
大人の自己は硬い殻に守られているのです。

でも、子どもはそうはいきません。
子どもは、まだ、自己認識が確立していません。
人生の経験もありませんし、免疫もありませんし、抵抗力が弱いのです。
ですから、暴言を浴びせられれば、それがそのまま自己認識に影響してしまうのです。
子どもの自己は柔らかくて傷つきやすいのです。
子どもというものは、かよわいものなのです。

みなさん、どうか、自分の言葉の暴力性に気づいてください。
気づくことが第一歩です。
そして、「もう、子どもに暴力的な言葉はいっさいぶつけない」と決意してください。
そして、言葉を発する前に自己翻訳するよう努めてください。
浮かんだ言葉をそのまま発するのではなく、いい言い方に翻訳してから言うようにしてください。

意識して努力していれば、だんだんできるようになります。
そして、やがては、ごくごく自然にできるようになります。
そうなったとき、あなたは親子関係が格段によくなってきたことに気づくでしょう。
さらには、子どもの表情や話し方や行動、その他いっさいが以前と全く違ってきたことにも気づくでしょう。

それができるようになることは、あなた自身にとっても非常に大きな成長です。
親子関係のみならず、すべての人間関係がよくなってきたことに気づくはずです。
親としてのみならず、1人の人間として、自分が階段を一段上がったことにも気づくはずです。

言葉の暴力性に気づいて自己翻訳力を磨くことは、あなたの人間性を磨くことでもあるのです。